新約聖書の矛盾を解説

新約聖書の矛盾について解説します。新約聖書には、矛盾と思える個所は多く存在します。ここでは、はっきりと「違い」がわかる個所、マタイ4章1節‐11節とルカ4章1節‐13節 を取り上げて解説します。

新約聖書の矛盾

新約聖書の矛盾 マタイ4章1節‐11節とルカ4章1節‐13節

同じ出来事が、マタイの福音書とルカの福音書に記されています。もし、聖書をお持ちであれば、マタイ4章1節‐11節とルカ4章1節‐13節を読み比べてみましょう。

ここで取り上げる2つの個所には、はっきりとした違いがあります。イエス・キリストの誘惑の順序が違いますし、悪魔がイエス・キリストに言っていることばも多少違います。

  • マタイ4章1節ー11節 「神の子なら、こららの石がパンになるように命じたらどうだ」—>「神の子なら、飛び降りたらどうだ」—>「もしひれ伏して拝むなら、これをみんな与えよう」
  • ルカ4章1節ー13節 「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」—>「もしひれ伏して拝むなら、みんなあなたのものになる」—>「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ」

これらの2つの聖句を読んで、3つの率直な疑問が湧いてきます。

  • 1つの疑問は「マタイの記録とルカの記録になぜ矛盾があるのか」という疑問です。
  • 2つめの疑問は、「どちらの順序が正しいのか」という疑問です。
  • 3つめの疑問は、「どちらの記述が正しいのか」です。翻訳の問題かもしれませんので、わたし自身、この個所が書かれている原語(ギリシャ語)から訳してみました。原語から見ても、上記の翻訳は正確に訳されています。

マタイ4章とルカ4章はなぜ違うのか

聖書学の専門的なことは、ここでは省きます。しかし、少なくとも次の2つの事が考えられます。

  1. 古代1世紀の歴史を書いた人々は、正確な年代順や物事の順序について、現代科学や歴史学ほど重要だと思っていませんでした。聖書の著者も例外ではありません。ですから、このような文化背景を考える時、これは矛盾とは言えません。
  2. 「、、、、、」の中のことばは要約です。現代でも同じ事が言えるでしょう。新聞記者は、政府関係の人物や経済界の人物が言ったことを、一字一句間違いなく記録する事が求められます。それがいつもいつも可能だとは限らないのも事実でしょう。新聞報道にも編集者の解釈が入ります。正確さが求められる新聞でも、このような状態です。古代文書の聖書の中に違いがあったとしても、それを矛盾や間違いではありません。

いかがでしたか。今回は、現代人から見れば明らかに矛盾と思われる新約聖書の個所、マタイ4章とルカ4章を取り上げました。どのように考えますか。ご意見などお寄せいただければ幸いです。

      

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