完全な自然が神の存在証明 

完全な自然が神の存在証明をしています。次の視点から解説。1.完璧で不思議な自然が、神の存在と神の知恵を証明している、2.鳥の不思議なデザイン、3.造られたものには、必ずデザイナーがいる、自然界にあるものはすべて神わざである。

神の存在を信じられる根拠は、どこにあるのでしょうか。目に見えない神を信じているクリスチャンは、頭がおかしいのでしょうか。単なるい思い込みなのでしょうか。聖書は自然が神の存在を証明していると証しています。その聖書箇所を検証してみましょう。

不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり、滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣や這うものなどに似せた像と取り替えたのです。(ローマ1章18節-23節)

完璧で不思議な自然が、神の存在と神の知恵を証明している

大自然と神の知恵の関係

神が創られた自然に、神の知恵と力を垣間見ることできます。完璧なエコシステムが、この自然にはあります。自然社会では無駄になるものは、何一つありません。すべての生物の死骸は、自然に返り他の動植物の食物として使われます。

自然が調和して、春夏秋冬の季節があります。太陽、月、星、動植物が、それぞれの役割を果たしている自然があります。この自然の中で、私たち人間は生きています。神によって生かされているのです。自然の調和は、人間の力ではなし得るものではありません。神の知恵と力によってなされているのです。

動植物たちの不思議な世界

牛は、草しか食べません。それでもおいしいミルクを造ったり、肉はステーキとして食べられます。なぜでしょうか。そのように造られているんです。

一昔前まで、子供電話相談室というラジオ番組がありました。その中で、ある子どもが、「蚕はなぜ桑の葉っぱしか食べないんですか」と聞きました。その時の回答者は永六輔さんでした。永さんは「そういうふうに造られているんだよ」と答えました。永さんはクリスチャンではありませんでしたが、「造られているんだよ」としか答えようがなかったのです。このように自然界を観察すると、「そのように造られている」としか説明のしようのないものが、たくさん存在します。

鳥のデザインの不思議について説明します。クリスチャンではない方でも、雄大な大自然を見て「神わざとしか思えない」と感嘆することはないでしょうか。実際に大自然の中には、摩訶不思議なことばかりです。鳥のデザインを例に、神の創造の不思議なわざを紹介します。

  1. 外部リンク 日々の疑問 神を信じる事ができません

鳥のデザインの不思議は、神の創造の不思議なわざ

神の存在証明

鳥は自然主義的な説明と反するような多くの性質を持っています。たとえば、肉食の鳥は車のワイパーのように、目を拭き取る第三の瞼を持っています。これは目の湿り気を保たせ、目をつぶる事なく外から入ってくる異物を目に入らないように造られているのです。これは空から獲物を捕ろうとする時に重要な機能です。車にも同じような機能がついていますが、車のこの様な機能が自然進化してきたと考える人はいません。同様に、鳥の第三の瞼も進化ではなく、そのように造られデザインされているのです。

鳥の骨の構造も進化論では説明できません。鳥の骨は、空気で満たされたスポンジのようなもので造られています。これらの空気が入った骨は軽いですが、波形のような形で頑丈に締め付けられています。その結果、構造的な骨の強さが保たれています。このように鳥は呼吸器と骨において非常にユニークな構造を持っているのです。このような事が偶然出来てしまったと考えるのは不自然でしょう。

Scientific Americanという雑誌でJohn H. Storer博士は、鳥にプロペラのようなものがあると言っています。鳥が飛んでいる間、翼の先にある羽は空気抵抗に応じ、自動的に角度を調整するのです。このような精密な能力によって、鳥は地球上の動物の中で一番速い動物になれるのです。最高時速280kmで飛べます。時速160kmの速さから、6m以内で止まる事も出来るのです。このような能力が、環境の影響によって得られたと誰が考えるでしょうか。

ある鳥は、くちばしで巣を縫い付けます。すずめのような小さな鳥は、毎年アフリカからグリーンランドまである一定期間の間に旅をします。すべてのこれらのすばらしき業は、デザイナーの知恵を示しています。このような特質が、試行錯誤を繰り返しながら偶然出来てしまった、と考えるのは理論的ではないでしょう。(著者のJohn Clayton氏から許可を得て、 管理人が EVIDENCE OF GODから翻訳しました。)

造られたものには、必ずデザイナーがいる

この世で生産されている物には、すべてデザイナーがいないでしょうか。設計者がいるはずです。自然に存在する動植物や人間にも、それを設計したデザイナーがいると考えるのは、非理論的でしょうか。むしろもっとも理論的ではないでしょうか。 人間は、デザイナーである神の原理を拒否しているのです。なぜでしょうか。

人は、自分本位の考えゆえに、神を信じることができません。デザイナーの意志に反して、自分勝手に生きています。この世の混迷を深めているのです。人間の行いは、設計者の意志に反して、水上を走ろうとしている車にたとえられます。必ず故障します。制御装置が狂った車のように、この世界は異常なトラブルが多数発生しています。それらのトラブルはすべて、人間の罪に起因しているのです。

自然界には、いろいろな物理的な法則があります。ある物を空中に投げれば落ちてきます。「法則があればその法則を与えた者がいた」と考えてもおかしくはありません。

たとえば、道路の標識を見てください。その標識を見て、それが元からあったのだと考える人はいません。突然そこに降って沸いたように現われた、と考える人もいません。その標識を決めた交通関係の機関があるはずです。同じように、法則があればその法則を与えた方がいるはずです。私たち人間には見えない方です。その方は、天地万物を創造された唯一の神です。

ここまで神が創造された自然が、神の存在を証明していることを説明してきました。もう一歩深く踏み込み、自然界にある神のわざについて考えてみましょう。

合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと基本的に同じで、光学的・物理的特性も同一です。

CGL通信 vol55 「天然ダイヤモンドvs合成ダイヤモンド -成長履歴の違いによる鑑別-」

天然ダイヤモンドと同じ化学成分と結晶構造を造れても、人間には天然のダイヤモンドがもつ輝きや硬度を造ることは出来ません。まさに神のわざでしかできないことなのです。

神の存在

コンクリートに花が咲いているのを見たこと、ありますか。私たち人間は、そのような場所に花が咲く理由を理論的に考えたくなります。アスファルトの間から花が咲くのはなぜ? しかし、それらの理屈は、人間が思いつく屁理屈に過ぎないのではないでしょうか。むしろ、私たち人間は、創造主なる神の不思議なわざに、ただただ驚くだけで、神をほめたたえるべきでしょう。

「神わざとしか思えない」ノーベル賞を受賞した山中伸弥氏の証言

IPS細胞の発見で山中伸弥氏は、2012年にノーベル賞を受賞しました。山中氏は、テレビのインタビューの中で、人間の身体の免疫とその仕組みについて、次のように言っていました。「人間の身体の仕組みを調べていくと、不思議なことだらけです。特に人間の身体の免疫とその仕組みは、神わざとしか思えないです。」と。

山中氏は、おそらくクリスチャンではないでしょう。科学者が、自然科学の研究で極めると、神の力と知恵を認めざる得ないのでしょう。

いかがでしたか。神の存在証明について考えてみました。創造主なる神は、霊なる方です。私たち人間の目で確認はできません。ただ神が創造された自然は観察できます。このな自然に神の知恵と力が示されています。神を信じ、イエス・キリストを信じましょう。

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