キリストの十字架の意味

キリストの十字架の意味を神学的に解説します。キリストの弟子であるクリスチャンが、必ず理解するべき十字架の意味です。最初に旧約聖書の預言を説明し、1世紀の歴史的背景を解説します。最後に、キリストの十字架の2つの意味を説明します。1.人間の罪のために身代わりになって死んだ。2.人間に生き方の手本を見せるために、神に命をささげた。

旧約聖書と主イエス・キリスト自身の預言

メシヤには、ヘブル語で神によって油注がれた者という意味があります。ギリシャ語では、キリストが同じ意味を持っています。メシヤ(キリスト) が、イスラエルの民のために犠牲になると、旧約聖書には預言されています。

この旧約聖書の預言どおりに、イエス・キリストは十字架上で処刑されたのですが、実はその処刑の2年程前から、イエス・キリストは十字架の死を預言していました。神様の永遠の救いの計画は、預言によって人々に示されましたが、人々は信じませんでした。人々は、イエス・キリストの十字架の意味を理解できなかったのです。

十字架の歴史的背景

キリストの十字架の意味

十字架とは、古代ローマ帝国において極悪人を罰するためのもっとも痛みを伴う死刑の方法でした。 大きな2本の木は十の字に打ち付けられ、十字架は造られます。 死刑囚はその十字架を担ぎ、処刑場まで行きます。十字架に横たわります。両腕を横に伸ばし、手が十字架の横棒に縛り付けられ、釘が手に打ち付けられます。 そして足は縦棒の下に縛り付けられるか、または釘が打たれます。

死刑囚が張りつけになった状態から、その十字架を文字通り十字に見えるように立て上げて、地面にその十字架を打ち付けるのです。 このようにしますと、十字架に打ち付けられている人は、胸を持ち上げなければ息が出来なくなります。 手には釘が打ちつけられていますから、自分の胸を持ち上げるには、想像を絶するの痛みを伴います。この残酷な痛みとともに、死刑囚は生き絶えていくのです。

十字架は、キリスト教のアクセサリーとして考えられがちですが、それは本来の意味ではありません。本当の十字架の意味をごいっしょに考えてみましょう。

1.人間の罪のために身代わりになって死んだ

義なる神は、罪の報酬は死と定めています。罪を犯した本人が、自らの命で償うべきなのです。しかし、神は憐れみ深い方です。旧い契約下では、イスラエルの人々に罪の赦しのために羊をささげました。このいけにえでは、全人類を救うことはできません。

三位一体の神の会議があったと想像してみてください。

子なる神が手を挙げました。

  • 子なる神:「わたしが、地上に降りて、罪のいけにえとして死にます。わたしが、父なる神の御心を伝えます。わたしが、人が生きる道を教えます。父なる神よ。わたしは、あなたを信じて地上に降ります」
  • 父なる神:「おまえは、辱めの死を経験する。それでもいいのか。悪魔がおまえを誘惑するぞ。それでもいいのか」
  • 子なる神:「わたしは、あなたが愛しておられる人間のために、犠牲になります。どううか、彼らの罪を赦してください」

神の御心によって、子なる方は人となり私たち人間に生き方を教えました。さらに、この方は、私たちの罪のために身代わりになって十字架上で死なれたのです。裁かれるべき人間が神の憐れみと恵みを受けるために、主イエスは自らの命を犠牲にしました。しかし、これだけがキリストの十字架の意味ではありません。

2.人間に生き方の手本を見せるために、神に命をささげた

主イエスは、ご自分の十字架上の死を預言した後、弟子たちに「あなたがたも自分を捨て十字架を負って、わたしについてきなさい」と言いました。キリストの十字架の死は、私たち人間がお手本とすべき生き方を象徴しているのです。

また別の時に、ヤコブとヨハネは、主イエス様に「神の御国において、あなたの右左に座らせてください。あなたの栄光を私たち2人と分かち合ってください」と高慢な願いを言います。それに対して、主イエスは、「あなたがたは、わたしが飲む杯を飲み、わたしが受けるバプテスマを受けることができるか」と問いただします。この文脈の杯とは、罪に対する神の怒りの杯を指しています。バプテスマは、罪のためのいけにえの死を象徴しています。主イエスは、「この杯を出来れば取り去ってください」と祈りましたが、神の御心のままに十字架上で死なれました。

この話の最後に、主イエスは弟子たちに次のように言います。「人のために仕えなさい。人の子(主イエス・キリスト)が仕えられるためにではなく仕えるために、人間の罪のために自分の命を捧げるために来たのと同じように、あなたがたも人に仕えなさい」と戒めるのです。まさに、主イエスの言葉に、私たち人間が習うべき十字架の意味があるのです。

キリストの十字架は、私たちが仕える者になるための道しるべを与えています。人は、いつの時代でもどんな社会でも、自分自身の地位を高めようとします。 人間の罪深い本能と言っていいでしょう。その本能に従って、人間は自己中心的に生きます。人間の本能とまったく逆の行動をとったのが、イエス・キリストでした。主イエス様は人のために仕えるため、人の罪のための贖いの代価として十字架上で死んだのです。主イエス様は、十字架の死によって、身をもって仕えるということを、私たち人間に教えています。

結論

この記事では、キリストの十字架について、旧約聖書の預言、1世紀の歴史的背景、神学的な意味をしました。しかし十字架には、クリスチャンが理解すべきとっても大切な意味があります。それは、クリスチャンが負うべき十字架の意味です。この記事も、ぜひ読み合わせてみてください。

十字架の意味を神学的に観点から説明してみました。参考にしていただければ幸いです。読者の皆様が、常に主イエス・キリストに目を向けて霊的に成長していくように、心よりお祈り申し上げます。

外部リンク 十字架をアクセサリーとして身に着けるのは、問題ありますか?

2 comments

  1. み子による救いは知り尽くし得ないほど壮大な神様の計画なんですね。人間はこの計画に預かるために作られたと考えると嬉しくなります。十字架の考察、ありがとうございました。

    1. コメントありがとうございます。感謝!

      コメントがあんまりされないです。書いてることがおかしいかもと時々思ってしまいます。

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です