キリストの十字架

キリストの十字架の4つの意味

十字架の文化的背景を説明して、キリストの十字架の神学的な意味を解説します。キリストの弟子であるクリスチャンが、必ず理解するべき十字架の意味です。1.十字架の歴史的背景、2.キリスト自身の預言、3.キリストの十字架の意味、4.クリスシャンの十字架の意味を説明します。

十字架は、キリスト教のアクセサリーとして考えられがちですが、それは本来の意味ではありません。本当の十字架の意味をごいっしょに考えてみましょう。

1.十字架の歴史的背景

十字架とは、古代ローマ帝国において極悪人を罰するためのもっとも痛みを伴う死刑の方法でした。 大きな2本の木は十の字に打ち付けられ、十字架は造られます。 死刑囚はその十字架を担ぎ、処刑場まで行きます。十字架に横たわります。両腕を横に伸ばし、手が十字架の横棒に縛り付けられ、釘が手に打ち付けられます。 そして足は縦棒の下に縛り付けられるか、または釘が打たれます。

死刑囚が張りつけになった状態から、その十字架を文字通り十字に見えるように立て上げて、地面にその十字架を打ち付けるのです。 このようにしますと、十字架に打ち付けられている人は、胸を持ち上げなければ息が出来なくなります。 手には釘が打ちつけられていますから、自分の胸を持ち上げるには、想像を絶するの痛みを伴います。この残酷な痛みとともに、死刑囚は生き絶えていくのです。

2.旧約聖書と主イエス・キリスト自身の預言

メシヤには、ヘブル語で神によって油注がれた者という意味があります。ギリシャ語では、キリストが同じ意味を持っています。メシヤ(キリスト) が、イスラエルの民のために犠牲になると、旧約聖書には預言されています。

この旧約聖書の預言どおりに、イエス・キリストは十字架上で処刑されたのですが、実はその処刑の2年程前から、イエス・キリストは十字架の死を預言していました。神様の永遠の救いの計画は、預言によって人々に示されましたが、人々は信じませんでした。人々は、イエス・キリストの十字架の意味を理解できなかったのです。

3.キリストの十字架の意味とは?

1.人間の罪のために身代わりになって死んだ

義なる神は、罪の報酬は死と定めています。罪を犯した本人が、自らの命で償うべきなのです。しかし、神は憐れみ深い方です。旧い契約下では、イスラエルの人々に罪の赦しのために羊をささげました。このいけにえでは、全人類を救うことはできません。

三位一体の神の会議があったと想像してみてください

子なる神が手を挙げました。

  • 子なる神:「わたしが、地上に降りて、罪のいけにえとして死にます。わたしが、父なる神の御心を伝えます。わたしが、人が生きる道を教えます。父なる神よ。わたしは、あなたを信じて地上に降ります」
  • 父なる神:「おまえは、辱めの死を経験する。それでもいいのか。悪魔がおまえを誘惑するぞ。それでもいいのか」
  • 子なる神:「わたしは、あなたが愛しておられる人間のために、犠牲になります。どううか、彼らの罪を赦してください」

神の御心によって、子なる方は人となり私たち人間に生き方を教えました。さらに、この方は、私たちの罪のために身代わりになって十字架上で死なれたのです。裁かれるべき人間が神の憐れみと恵みを受けるために、主イエスは自らの命を犠牲にしました。しかし、これだけがキリストの十字架の意味ではありません。

2.人間に生き方の手本を見せるために、神に命をささげた

主イエスは、ご自分の十字架上の死を預言した後、弟子たちに「あなたがたも自分を捨て十字架を負って、わたしについてきなさい」と言いました。キリストの十字架の死は、私たち人間がお手本とすべき生き方を象徴しているのです。

ヤコブとヨハネの高慢な願い

また別の時に、ヤコブとヨハネは、主イエス様に「神の御国において、あなたの右左に座らせてください。あなたの栄光を私たち2人と分かち合ってください」と高慢な願いを言います。それに対して、主イエスは、「あなたがたは、わたしが飲む杯を飲み、わたしが受けるバプテスマを受けることができるか」と問いただします。この文脈の杯とは、罪に対する神の怒りの杯を指しています。バプテスマは、罪のためのいけにえの死を象徴しています。主イエスは、「この杯を出来れば取り去ってください」と祈りましたが、神の御心のままに十字架上で死なれました。

この話の最後に、主イエスは弟子たちに次のように言います。「人のために仕えなさい。人の子(主イエス・キリスト)が仕えられるためにではなく仕えるために、人間の罪のために自分の命を捧げるために来たのと同じように、あなたがたも人に仕えなさい」と戒めるのです。まさに、主イエスの言葉に、私たち人間が習うべき十字架の意味があるのです。

キリストの十字架は、神に仕え人に仕える生き方の象徴

キリストの十字架は、私たちが仕える者になるための道しるべを与えています。人は、いつの時代でもどんな社会でも、自分自身の地位を高めようとします。 人間の罪深い本能と言っていいでしょう。その本能に従って、人間は自己中心的に生きます。人間の本能とまったく逆の行動をとったのが、イエス・キリストでした。主イエス様は人のために仕えるため、人の罪のための贖いの代価として十字架上で死んだのです。主イエス様は、十字架の死によって、身をもって仕えるということを、私たち人間に教えています。

4.クリスチャンが負うべき十字架

ここまで主イエス様の十字架の意味を説明してきました。すでに述べたように、主イエス様は十字架によって生き方の手本を見せました。自らの命をささげて、神に仕え人に仕える生き方を、主イエス様は実践したのです。だから、ご自分が十字架にかけられ排斥されることを預言したあと、弟子たちに次のように言います。

それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。

ルカ9章21節-24節

キリストと同じように、「実際に十字架にかけられ死になさい」と言っているのでしょうか。そうではありません。自分の罪に対して死んで、神の義によって生きるようにと、命じられているのです。主イエス様の生き方の模範に学び生きていくのです。だから、クリスチャンは、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分のたちのために死んで復活してくださった方のために生きるのです(2コリント5章15節)。

結論

多くの方々が、キリストの十字架の意味を「私たちの罪のための死」だけで解釈しています。しかし、十字架の意味は「いけにえの死」だけではありません。主イエス・キリストは、自らの十字架の死によって、私たちに生き方を教えて下さっているのです。もし「罪のための死」だけの十字架であれば、私たちはなぜ十字架を負っていくのでしょうか。主イエス・キリストの生き方に倣い十字架を負っていくのです。

いかがでしたか。十字架の意味を解説しました。参考にしていただければ幸いです。

結論

十字架の意味を神学的に観点から説明してみました。参考にしていただければ幸いです。読者の皆様が、常に主イエス・キリストに目を向けて霊的に成長していくように、心よりお祈り申し上げます。

2件のコメント

  1. み子による救いは知り尽くし得ないほど壮大な神様の計画なんですね。人間はこの計画に預かるために作られたと考えると嬉しくなります。十字架の考察、ありがとうございました。

    1. コメントありがとうございます。感謝!

      コメントがあんまりされないです。書いてることがおかしいかもと時々思ってしまいます。

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