使徒パウロの宣教とその歴史的文化的背景を説明します。34年頃、教会が始まってまもなく異邦人宣教が始まりました。異邦人宣教の背景を学ぶことは、パウロの手紙をより正確に理解するために重要です。
ユダヤ人をはじめギリシャ人にも
主イエス・キリストは異邦人であったカナンの女性に、次のように言いました。「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」(マタイ15章21-28節)。このように主イエス様の福音メッセージは、まずユダヤ人たちに語られなければなりませんでした。それでも、憐れみ深い主イエス様は、この女性の願いを聞き入れました。
このような歴史的背景があり使徒パウロは、ローマの手紙で「ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも」福音が宣べ伝えられていると書いているのです。また実際、パウロが新しい地域に行くと、必ずユダヤ人に最初に福音を宣べ伝えました。そこで福音メッセージを受け入れなかったユダヤ人たちに、パウロは次のように言いました。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く」(使徒13章46節、18章6節)。
ユダヤ教回帰の偽教師たち
ユダヤ教を頑なに守ってきたユダヤ人がクリスチャンになっても、ユダヤ教回帰の思いは変わりませんでした。このような人たちが、異邦人たちに偽の福音を宣教をし始めたのです。異邦人がクリスチャンになる条件として、まずユダヤ教に改宗すべきだ、と彼らは考えたのです。異邦人に割礼を強要したのです。
使徒パウロは、このような偽教師たちに対峙しなければなりませんでした。この問題がもっとも顕著に現れているのは、ガラテヤの手紙です。ガラテヤの教会の人々は、ユダヤ教回帰の偽教師たちの言葉に影響されていたのです。主イエス様の福音をまったく誤解していました。
パウロは、ガラテヤの人々に福音の真髄を丁寧に説明しています。主イエス・キリストを信じる信仰による救いを、最初から解き明かししなければなりませんでした。ガラテヤの手紙の内容は、ローマの手紙と似ていますが、この手紙が書かれた背景が違うので強調点が違っているのです。
ギリシャ・ローマ宗教に親しんだ異邦人たち
異邦人たちは、ギリシャ宗教の慣習と考え方に慣れ親しんできました。クリスチャンになっても彼らの考えは、一夜にして変わるものではありませんでした。主イエス様を信じる信仰はまだ弱く、神々を信じる迷信的な信仰に惑わされていたのです。
異教の宗教の神々は違った霊を持っており、それぞれの神々には違った働きがあったと信じられていました。12の主だった神々の他に、それぞれの家庭には家族の守り神として祀り上げられていました。このような迷信をもった人たちに使徒パウロは、福音宣教をしていたのです。主イエス様を受け入れてバプテスマを受けても、その旧い考えは根強く残っていたに違いありません。
この問題がもっともよく表れているのが、1コリントの手紙です。パウロはコリントの人々に次のように書いています。「あなたがたがまだ異教徒だったころ、誘われるままに、ものの言えない偶像のもとに連れて行かれたことを覚えているでしょう」(1コリント12章2節)。異教徒たちは、この世に存在する数百の霊が人々を操っていると信じていました。このような背景があったので、パウロは唯一の神様の聖霊が違った働きをしていると解き明かす必要があったのです。
ギリシャ哲学に親しんだ異邦人
1世紀に哲学を学んだ人たちは、先生と師弟関係を結びました。このような人たちがクリスチャンになったのです。クリスチャンになっても、師弟関係が普通のことと考えていたでしょう。ある人はパウロにつく、ある人はアポロにつく、またある人はケファについて行くと考えたのは、彼らの文化風習からすれば、ごく当たり前のことだったのです(1コリント1章、3章)。何ら罪の意識などなかったのではないでしょうか。
パウロは、主イエス・キリストは哲学のように分割されるようなことはないと戒めています。今日でも、多くのクリスチャンが、ルターやカルヴィンのような人間のリーダーが作った伝統に従って、教派を形成しています。何と人間は愚かなのでしょうか。時代・文化が違っても、人間が犯す過ちに違いがないと改めて思い知らされます。
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参考文献
- Ferguson, Everett. Backgrounds of Early Christianity, 2nd ed. Grand Rapids: Wm B. Wwedmans, 1993.
- 桜井万里子、木村凌二。ギリシャとローマ。世界の歴史、第五巻。中央公論社、1997年。
- 村川堅太郎。ギリシャとローマ。世界の歴史、第二巻。中央公論社、1995年。
- 島田誠。古代ローマの市民社会。山川出版、1997年。