聖書を自由に読みましょう

聖書入門サイトは山ほどありますが、当サイトはちょっと一味違います。私たちは「一人一人が聖書を自由に読む解く」ことをモットーとしています。わかりやすい解説で、聖書を学び、キリストを知り、生き方を学びましょう。

あなたは神様によって創造されました。その霊的なDNAによって、聖書を読んでみましょう。教派の教えに偏らず、聖書全体からバランスよく読み解くガイドラインを、読者の皆様に提供していきます。

日本のクリスチャンは人口1%以下

聞いて驚くなかれ、日本のクリスチャン人口は1%未満だそうです。それにも関わらず、教派、教会は星の数ほどあります。なぜなんでしょうか。各教派がそれだけ自分たちの聖書の読み方、聖書解釈にこだわりを持っているからです。聖書は初めての方、キリスト教は初めての方にとって、教派と聞いてもピンとこないかもしれません。教派とは、キリスト教にある違った宗派です。仏教でいえば浄土真宗とか日蓮宗です。しかし、キリスト教の教派の数は、仏教と比べ物にならないほど多いのです。それだけ各教派の主義主張が違っているのです。

聖書を学ぶ

もしあなたが聖書を本気で学びたいと思うのであれば、教派を超えた根幹的なメッセージを聞きたいと思いませんか。教派の壁を越えたバランスよい聖書の読み方を学んでみませんか。

既成のキリスト教、人間の伝統が多く支配しているキリスト教・宗教ではなくて、純粋に主キリストの教えに耳を傾けてみませんか。

誰もが聖書を自由に読み、解釈できる原則

聖書は牧師だけのものではありません。特別な資格を持った人しか正しく読めないということはありません。むしろ、専門的な知識をもっているから余計なプライドを生み出し、聖書を誤解している可能性の方がはるかに大きいと思います。ゆえに学者間でも論争が絶えないのです。

神様はすべての人々に、聖書を与えています。読むように促しています。主キリストのことばを聞きなさいと言っています。すべての人間が神様によって創造されたからです。すべての人が主キリストを通して神様と関係をもつことができるのです。「偉い先生」とか「権威ある教会」などを通さなくても、直接関係をもてるのです。

既存のキリスト教の伝統をそぎったシンプルな教え

キリスト教には、様々な宗派や教派があり、それぞれに伝統の教えがあります。真理は一つと訴えている管理人は、正直恥ずかしいと思います。このサイトは既存のキリスト教の様々な違う教派や伝統を、出来る限りそぎ落として、出来る限りシンプルに聖書の教えをお伝えします。管理人は、プロテスタントの部類に入りますが、カトリックの方々からも学ぶことができます。なぜなら、カトリックの方々も聖書を学んでいるからです。

わたしが聖書を初めて読んで、身近に感じた聖句を紹介します。少し神の御心を知ったような気分になりました。マタイ6章25節-34節をクリックすると聖句が現れます。

マタイ6章25節ー34節
だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。

聖書を読むきっかけにして頂いたら幸いです。

教会の敷居が高いと感じる方は、ぜひネットを通してキリストの教えに触れてください。教会の礼拝に出席するのがベストですが、初めて教会に出席して、何のプレッシャーも感じないでいられる人は、稀です。 

クリスチャンではなくても聖書を読むと、世界観が変わり人間として成長していく事をお伝えする聖書入門サイトです。たとえ、神を信じていなくてもキリストを信じていなくても、問題はありません。どんな動機で聖書を読んでも問題はありません。読者の皆様に、聖書を読んでいただきたく(決して押し付けではなく)、キリストの教え、聖書が教える人間の存在意義、教会、信じる意味を説明していきます。

主イエス・キリストの教えは、シンプルでわかりやすいけど、奥が深い。誰の心にも主イエスの教えを届くはずです。何か特別な知識がないと、聖書がわからないなんてことはありません。管理人は、誰にでもわかりやすく主イエス・キリストの教えをお伝えいたします。

宗教を人間の造り物と解釈すれば、既存のキリスト教は確かに宗教と言えるかもしれません。しかし、キリストの教えは宗教ではないと管理人は考えています。キリストは、本来あるべき人間の姿を教えています。

またキリスト教は西洋の宗教と考えられていますが、事実はまったく違います。キリストの教えは、全人類へのことばです。国籍や肌の色や文化、そして時代を超えて、すべての人間へ語り継がれるべきことばです。キリストによって示された愛を読者の皆様へ伝えていきます。

(日本人は多神教であり宗教に寛容ですが、キリスト教に関しては辛口です。寛容ではないと思う人もいるようです。

あなたは導かれている

創造主なる神様は、あなたが生まれた時からずっと見守ってきています。あなたがどこで生まれ、どのような環境で育ったのかもご存知です。そして、あなたが苦しみ悩んだ時には、あなたをそっと抱きしめました。あなたはそれに気づかなかっただけです。

あなたは導かれて当サイトに来ました。あなたが真理を求めているからです。神様の招きにあなたは応えて、このサイトを訪れているのです。だからいろいろな記事を読んで遊んでいってください。きっと新しい発見があるはずです。

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