クリスチャンは悪い人とも付き合うべきか?

心の健康を多くの人に

主イエスは、分け隔てなく、あらゆる人たち(貧しい人、裕福な人、教育を受けている人、受けていない人、世の中の嫌われ者)と交流をもった。だから、わたしたちも同じようにすべきだろうか。暴力団の事務所を訪問したり、バーや酒場に行って、福音伝道すべきだろうか。これらの疑問に対して、クリスチャンの切磋琢磨の友人関係という観点から考えてみたい。

わたしのツィートに反論、謙虚に感謝

わたしは、友人を選ぶ際の基準として、ツィートで次のように書いている。

箴言27章17節「 鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される。」私が人とお付き合いする時、2つの事を考える。 (1)その人を私が何らかの形で助けることができる、(2)その人から私が何かを学ぶことが出来る。お互いに成長していける関係を、いつも望んで人付き合いしています。

わたしのこのツィートについて、最近お叱りのリツィートを頂いた。「神様は損得を考えて、人と接するような方でない」という意味のツィートが返ってきた。鋭いツッコミだ。正直ありがたい指摘だと思った。そこで、このツィートの主旨を説明したいと思う。

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