人生の方程式ってありますか?

心の健康を多くの人に

わたしは中学生の頃、数学の数式のように「人生に方程式ってないのかな」と思っていた。そんなことをずっと考えて、占いの本を読んだりしてい。20代になってからは、週刊誌の人生相談を読み漁り、松下幸之助さんや有名な社長が書いた著書を読んだ。戦国時代の武将に関する小説、たとえば徳川家康(全26巻)を完読したのが、どれもこれも、イマイチ心に響くものがなかった。

わたしが27歳の時に、ヨハネ14章1節ー6節を読んで、驚きと怒りが同時にこみ上げてきた。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」特にこの言葉に衝撃を受けた。「こんな事を言うキリストって相当傲慢な人だな」と思った。

でも考えてみると、わたしたち人間は、みんな、それぞれの立場で、人生の道、真理、命を求め続けているのではないか。言い換えれば、何のために生きているのか、存在しているのかという疑問を、心のどこかで持ち続けている。しかし、結局答えが見つからないので、そんな難しい疑問、持っても仕方ないと思い、ほとんどの人は止めてしう。しかし、答えはキリストにあるとわたしは思う。

人生の方程式

われわれ人間は、様々なことで自分を縛り付けていることがある。たとえば、わたしたちは、人間関係、親子関係、子育て、仕事のプレッシャー、財政的な事などで悩むことがある。悩みの種は尽きない。このような事で悩んでいる時、私たちの心はその悩みによって縛り付けられているのだ。その悩みから逃れるために、アルコールや麻薬に頼る人もいる。しかし、キリストはこのような束縛から、わたしたちを解放してくれる。

宗教を「人間が作り上げた信仰と儀式」と定義付ければ、確かに人を束縛する。しかし、わたしはキリストの教えは宗教ではないと思う。キリストを信じる事は、宗教ではない。むしろ、キリストは人間のあるべき姿を教えている。もし教会の敷居が高いと思われるのであれば、自分自身で聖書を読み始めたらどうか。誰からもプレッシャーを受けずに読むことができる。キリストの教えに耳を傾けたらどうだろうか。

八方塞がり人生のやり直しに、遅すぎる事はない。今というこの時が、変わるための第一歩ではないではないか。どうにもならないと感じたら、キリストの教えを聞いてみよう。答えは、キリストに必ずある。過去を振り返れば、いろいろな失敗があったかもしれない。わたしの場合は、生きる意味を理解していなかったから、様々な愚かなことをやり続けた。かといって、過去に戻ってやり直しはできない。そこで人生をやり直すには、生きる意味、人生の目的を知らないといけない。キリストが、わたしたちに生きる意味、生きる目的を与えてくれるのだから、キリストに耳を傾けよう。

励ましのことば

人生の方程式

長い人生の旅路には、良い出会いが必ずあるはずだ。小中学校の時の親友であったり、心から愛せる良い伴侶だったり、節目節目で良い出会いがある。しかし、人生最大の良い出会いとは、主イエス・キリストとの出会いだと思う。

この世の誰よりも愛せるお方、それが主イエス・キリスト。この方は、わたしたち人間が造り出した偶像ではない。今あなたがこれを読んでいる時も、主イエス・キリストは天にいらしてあなたを見守っている。霊の力によって、あなたの心に話しかけている。「わたしのもとに来なさい。わたしに学びなさい。わたしがあなたを休ませてあげよう。平安を与えてあげよう」とあなたを招いている。心の耳を澄まし、心の目をあけてみてよう。

主イエス・キリストがあなたを真理へと導いてくださるように、心よりお祈り申し上げます。

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