古代ローマ帝国の経済社会の背景を知ることにより、新約聖書の内容を少しでも深く理解できるようになると思います。たとえば、イエス・キリストのたとえ話は、1世紀の庶民の経済社会を反映しています。ローマ敵国のコインの形を知れば、キリストの真意をより深く理解できると思います。ローマ帝国の交通網と経済の発展、貨幣、ユダヤ社会の経済について解説します。
経済基盤 平和と交通網
アウグストゥス皇帝は、帝国内の内戦に終止符を打ち平和をもたらしました。(注:この時代は、pax romanaと呼ばれました。直訳はローマの平和)ローマ帝国は、政治的には地方の自治権を認めましたが、同時にローマの忠誠も誓わせたのです。ローマ帝国全体が政治的にも安定した時代です。それに伴い陸と海の交通網が整備されていきました。
このような状況下で、ローマ帝国の経済は発展していきます。貧富の差は拡大していきましたが、製造業の貿易は拡大しました。主な製造業として陶器、織物、金属加工がありましたが、すべて手作業で行われていました。
帝国内におけるコイン、貨幣
前700頃にはギリシャにおいてコインが製造されていたということが、考古学の発見からわかっています。ローマ帝国では、コインに政治家たちの像を刻印して、民衆に政治的忠誠心を持たせるためにコインは使われていました。また神々の像が印字されたコインもありました。

皇帝のコインでは、円周沿いにタイトルと名前等が印字されていました。皇帝ネロのコインの印字の意味は次のようになっています。
- NERO ネロ
- CLAUD 家系の名前
- CAESAR カイサル
- AUG アウグステゥス 最初の皇帝の名前
- GER アウグステゥスから受け継がれている名誉職としてのタイトル
- PM 皇帝の別名タイトル。大祭司、ローマ帝国の宗教の支配者としてのタイトル
- TRP 民族の統治者としてのタイトル
- IMP 帝国を支配する勝利者としてのタイトル
- PP 帝国の父としてのタイトル
ユダヤ社会でも、同様の理由でコインは造られていました。一つの違いがあります。ユダヤ社会では政治家たちの像は偶像になると考えられていたために、ユダヤの支配者の名前とタイトルをコインに印字していました。
ユダヤ社会の経済
1世紀のユダヤ社会は、農業・漁業社会でした。地位が高い人であっても農業に携わっていたようです。このような理由で、主イエス様の多くのたとえ話が、農業や漁業に関連するものだったのです。
メッセージを聞いた人たちは、主イエス様の話に当然、耳を傾けたでしょう。自分の生活に関わる話として、心に響いたのです。種まきのたとえ話がその一例です(マルコ4章)。1世紀のユダヤ人は誰もが(その真意は別として)、このたとえを自分のこととして考えたに違いありません。
福音書に書かれている通り、労働者たちは日払いで働きました。その賃金は1デナリです。当時の労働環境と賃金を知ることは、新約聖書の背景として非常に重要です。
そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」マタイ18章21-35節 聖書協会
マタイ18章のたとえ話では、10000タラントの借金をした人が借金を帳消しにしてもらいましたが、自分に100デナリの借金がある人を赦しませんでした。お金の単位を知らないとこのたとえ話の意味を理解できません。
10000タラントをデナリに換算すると、60,000,000デナリです。日払いの給料に換算すると、約170,000年分の給料です。10000タラントの金額は、人間の罪の重さを言い表しているのです。このたとえ話の主人公は、60,000,000デナリの借金を帳消しにしてもらったのに、たった100デナリの借金を返済を迫りました。すべての人が省みるべき、人間の怖ろしい罪深さを教えています。
参考文献
- Ferguson, Everett. Backgrounds of Early Christianity, 2nd ed. Grand Rapids: Wm B. Wwedmans, 1993.
- 桜井万里子、木村凌二。ギリシャとローマ。世界の歴史、第五巻。中央公論社、1997年。
- 村川堅太郎。ギリシャとローマ。世界の歴史、第二巻。中央公論社、1995年。
- 島田誠。古代ローマの市民社会。山川出版、1997年。