すべての人間をイエスのみことばが裁く時が来ます。その日は刻一刻と近づいています。しかし、神様の裁きの基準はどこにあるのでしょうか。心を入れ替えて悔い改めるのであれば、何を基準にしたらいいのでしょうか。イエスのみことばが裁きの基準です。ヨハネ12章44-50節
主イエス様は私たちを救うために来た
イエス・キリストは、人間を裁くために来たのではありません。むしろ、私たち人間を罪の呪縛から救い出すために来たのです。イエス様は、天のお父さまから遣わされて、この地に降りてきました。天のお父さまが命令する通りに、イエス様は神様の御言葉を話したのです。
主イエス様の十字架は諸刃の剣
イエス様は、人を裁きはしません。ご自分の命を捨てるほど、私たちを愛しておられます。しかし、イエス様の降臨は、諸刃の剣です。信じる人にとっては、神様の恵み。信じない人にとっては、神様の裁きです。
主イエス様が私たちの心を裁くとき、それは単に罰を与えるためではなく、私たちをより良い道へ導くためです。聖書の教えに従いながら、私たちが成長することが意図されています。ゆえに、霊的な成長の糧として、信仰生活には試練が伴います。しかし、私たちはイエスの言葉を思い出すことで、それを乗り越える力を得ることができるのです。
主イエス様に立ち返る
このように、私たちの心の中にある秘密や葛藤も、イエスに明け渡すことで解決の道が開かれるのです。日々、心の中で思っていることを神に告白し、イエスに導かれることで、私たちはより健全な心を持つことができます。
私たちは、この信仰の旅を通じて、イエスが私たちに与えた使命を思い出す必要があります。私たちはイエスに従うことで、当然ながら神様との関係は改善されます。さらに他者との関係が改善されることを体験します。私たちの信仰は、私たちが他者とどのように関わるかにも影響を与えます。信仰を持つことで、私たちは他者に対してより寛容になり、理解を示すことができます。
それによって、イエスの教えをより深く理解し、実践することができるのです。ですから、他者に与える影響を常に考え、イエスの言葉を実践することが重要です。信仰を持つ者として、私たちは光となり、暗闇の中で道を示す存在でなければなりません。
イエスのみことばが終わりの日に裁く
神様の裁きの基準は、イエス様が話した言葉にあるのです。イエス様の戒め、教え、命令、すべてに示されています。私たち人間が、イエス様の言葉に従うかどうかが問われています。
主イエスのみことばは、終わりの日にすべての人間をさばきます。キリストは、私たちの心の奥底に隠された秘密さえも明らかにします。
そのことは、神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。ローマ2章16節
イエス・キリストに従う人には、主の前では秘密などありません。なぜなら、日々、イエス・キリストの名によって、神様にすべてを告白しているからです。イエス様から隠れることはできないと認識していますから、日々、主イエス様に喜ばれる者になりたいと祈ります。
いずれ、私たちはクリスチャンであっても、主イエス様の裁きの座の前に立つことになります。最終的に、私たちは、主イエス様のみことばによって裁かれるのです。
マタイ24章35節によれば、天地は滅びますが、主イエス・キリストの言葉だけは残ります。滅びません。天の神様は、すべての権威をイエス・キリストに委ねたのです。人間を裁く権威も、すべて主イエス様に与えたのです。そのイエス様の言葉によって、我々人間は裁かれます。
神様はわたしたちの悔い改めを待っている
イエス様のみことばを真剣に読んでみましょう。自分自身の心を検証してみましょう。この方に委ねて生きていく生き方こそ、最高の生き方です。一心に主イエス様を慕い求めて、主に喜ばれる者になれますようになりましょう。
天地にある自然も人間が造った建造物もすべて、いずれは消え失せてしまいます。天のお父さまは、すべての人が救われるのを望んでおられます。イエス様が再臨されずに人間を裁かないのは、一人でも多くの方々が救われるために、神様は待っておられからです。2ペテロ3章8-13節を読んでみましょう。
主イエスのみことばによる裁きの日は、主を信じる人にとっては神の栄光の日です。しかし、主を信じない人にとっては、悲しい日になります。神の裁きが下される時です。神は誰も滅ばされることを望んでいません。むしろ、すべての人間が罪の呪縛から解放されることを望んでおられます。だから一日も早く悔い改めましょう。
主イエス様が与えてくださる人生の恵みによって、喜びの人生を送りましょう。イエス様のみことばが私たちの心に深く根付くことで、私たちの人生は豊かで意味のあるものとなります。この素晴らしき人生んは、主イエス様だけが与えてくださいます。主イエス様を信じて戒めに従い、精神的に霊的に成長していきましょう。読者の皆様の上に、主の大いなる祝福が宿りますように。
