現代社会において、自殺は深刻な問題として多くの人々の心を悩ませています。私たちは時に、絶望や孤独、苦痛に直面し、その結果として自らの命を絶つことを考えることもあります。聖書は、この困難なテーマに対してどのような教えを持っているのでしょうか。本記事では、自殺に関する聖書の教えを探り、この問題に対する理解を深めることを目的とします。聖書の言葉が、私たちの心にどのような希望や癒しをもたらすのか、一緒に考えていきましょう。
日本では年間2万人~3万人の方々が自らの命を絶っています。そのような自殺に追い込まれてしまった人たちのことを考えますと、悲しくなり胸が痛みます。自殺は罪深い行いなのでしょうか。自殺について、聖書は何を教えているのでしょうか。神様は自殺についてどう思っているのでしょうか。
自殺の背景にある要因
自殺は深刻な社会問題であり、多くの人々が悩んでいるテーマです。自殺に至る背景には、さまざまな要因があります。精神的な健康問題、社会的な孤立感、経済的な困難など、多岐にわたる理由が考えられます。ここでは、具体的な事例やデータを通じて、自殺の現状やその原因について考察していきます。
近年、自殺の原因として特に注目されているのが、メンタルヘルスの問題です。うつ病や不安障害などの精神疾患は、自殺のリスクを大幅に高める要因となります。精神的な苦痛を抱えている人々が適切な支援を受けられない場合、最終的に自殺を選ぶことになりかねません。また、加齢や病気に伴う孤独感も、自殺を選ぶ要因の一つです。
さらに、経済的な問題も自殺の要因として挙げられます。多くの人々が仕事を失ったり、経済的に困窮したりすることで、自らの命を絶つ選択肢を考えるようになります。特に、家族を養う責任を感じる人々にとって、経済的なプレッシャーは非常に大きいものとなります。
また、社会的な孤立感も重要な要因です。現代社会では、人々がネットワークを持っているように見えても、実際には孤独を感じている人が多いです。友人や家族とのつながりが薄れることで、支えを得られず、苦しさを抱え込むことになり、自殺を考えるようになるのです。
自殺を選ぶ人々は、その多くが見えない苦しみを抱えています。周囲にはその苦しみを理解してもらえず、孤立感がさらに深まるという悪循環に陥るのです。そこで、私たちが注意を払うべきは、身近にいる人々の気持ちやサインを見逃さないことです。
聖書の中にある自殺の事例
聖書には「自殺」に相当する言葉は出てきませんが、自殺の事例が5つあります。ここでの自殺の定義は、「自ら命を絶つ」、「他の人に頼み自分の命を絶ってもらう」の2つを含みます。
- 士師記9章50-54節 アビメレクの死
- 1サミエル31章1‐7節 サウロの死
- 2サミエル17章23節 アヒトフェルの死
- 1列王記16章15-20節 ジムリの死
- マタイ27章3-5節 ユダの死
しかし、聖書はどれについても「自殺は罪である」、または「罪でない」とも明言していません。むしろこれらの聖句の文脈、前後関係を考慮して読んでみますと、「自殺は罪の結果としてもたらせられた」と解釈するのが適当かと私は思います。
神様の意志を理解するためには、まず人間の苦しみを知ることが重要です。そのためには、私たち自身が他者の苦しみに耳を傾け、支え合う姿勢を持つことが大切です。キリスト教では、隣人を愛することが教えられています。自殺を考える人々に対して、愛と理解をもって接することが求められています。
神様は、人間が自分自身の命を絶つことを見て悲しんでおられます。人間が生きる意義を、神様の愛に見出すように望んでいます。しかしある人は、愚かにも自分の命を絶つ道を選んでしまいます。

人生の焦点を変えてみる
まず人生の焦点を変えてみましょう。イエスは次のように言っています。
はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。ヨハネの福音書6章25-27節 聖書協会
人は何のために働くのでしょうか。お金のためですか。遊ぶためですか。何のために生きるのでしょうか。単にレジャーを楽しむためでしょうか。主キリストは、これらのものは消えてなくなってしまうものである、と言っています。
一日にして自分の財産を無くした人は、もし自分の蓄えが人生そのものだ、と考えていたら、絶望して自殺の道を選んでしまいます。自分の思うように仕事がうまくいかないので死のうかと考える、絶望感を覚える、などの考えは、この世の物に焦点を当てているから浮かんできます。

主イエスのみことばを聞いて
自分の仕事も自分の業績、財産などは、いずれなくなってしまいます。何人の人が、仕事の業績を称えられ、後世の人々に覚えられているでしょうか。たとえ人々が自分の業績を知っていたとしても、死んだ後には究極的にそこに何の価値があるのでしょうか。
有名になるとか、栄誉を受けるとかで人の人生は決まりません。貴方の人生は、神様が貴方を愛しているからこそ、貴重なものなのです。現実、私たち人間は、日々の衣食住を得て生きるために、働いていますが、働くために生きているのではありません。生きる意味は、もっと他にあるのです。
イエスは、その永遠の命に至る食べ物を私たちに与えてくれます。人々が「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言ったとき、主キリストは次のように言いました。
そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。ヨハネの福音書6章34-35節 聖書協会
現在、自殺を考えている人、また過去に考えたことがある方は、今一度、主イエス・キリストのことばをかみしめて下さい。人生の喜び、意義を、主イエス・キリストは必ずあなたに与えてくれるでしょう。

周りの人の支援によって
また、自殺防止に向けた取り組みとして、地域でのサポートグループの設立や、啓発活動などが効果的です。これにより、孤立感を抱える人々が支えあい、共に生きる力を見出すことができるのです。
自殺を防ぐためには、周囲の人々が注意を払い、声をかけることが重要です。自殺を考えている人々は、しばしばその感情を他人に伝えられずに苦しんでいます。些細なことでも、気にかけてあげることが大切です。
また、専門家やカウンセラーの支援を受けることも重要です。メンタルヘルスの専門家に相談することで、自殺のリスクを軽減することができます。社会全体でこの問題を意識し、支援の手を差し伸べることが求められています。
最後に、自殺について考えることは、私たち自身の人生の価値を見つめ直すことでもあります。イエス・キリストが私たちに与えた命の意味を深く理解することが、自殺を防ぐ一助となるでしょう。私たち一人ひとりが持つ命を大切にし、他者を愛することが、自殺防止につながるのです。
- 誰にも相談できない日本人、外部リンク 警視庁 自殺者数
