現代社会において、私たちはさまざまな挑戦や困難に直面しています。その中で、他者との関係を築き、自己成長を促進するための「人間力」がますます重要視されています。本記事では、人間力を高めるための神の知恵と力を基にした4つの秘訣をご紹介します。これらの秘訣を実践することで、より良い人間関係を構築し、自己の可能性を最大限に引き出す手助けとなることでしょう。さあ、共にその道を探求していきましょう。
1.神の知恵は人間の成長の始め
主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。‥‥知恵は巷に呼ばわり広場に声をあげる。雑踏の街角で呼びかけ、城門の脇の通路で語りかける。「いつまで浅はかな者は浅はかであることに愛着をもち、不遜な者は不遜であることを好み愚か者は知ることをいとうのか。立ち帰って、わたしの懲らしめを受け入れるなら、見よ、わたしの霊をあなたたちに注ぎわたしの言葉を示そう。しかし、わたしが呼びかけても拒み、手を伸べても意に介せず、わたしの勧めをことごとくなおざりにし、懲らしめを受け入れないなら、 あなたたちが災いに遭うとき、わたしは笑い、恐怖に襲われるとき、嘲笑うであろう。恐怖が嵐のように襲い、災いがつむじ風のように起こり、苦難と苦悩があなたたちを襲うとき。」そのときになって、彼らがわたしを呼んでもわたしは答えず、捜し求めても、わたしを見いだすことはできない。彼らは知ることをいとい、主を畏れることを選ばず、わたしの勧めに従わず、懲らしめをすべてないがしろにした。だから、自分たちの道が結んだ実を食べ、自分たちの意見に飽き足りるがよい。浅はかな者は座して死に至り、愚か者は無為の内に滅びる。わたしに聞き従う人は確かな住まいを得、災難を恐れることなく平穏に暮らす。箴言1章7節、20-33節 聖書協会
人は自分の人間力を高めるために、様々な啓発本を読んだりします。人間は創造された時から神に似せられた者として創られたので、神の知恵の一部はいただいているのです。しかし、人間の知恵は、他の人のニーズを顧みずに自己中心的になりがちです。人間が成長するための根本的な土台は、私たち人間を創造してくださった神の知恵にあるのです。
私たちのデザイナーである神は、人が社会の中でどのようにお互いに調和していくべきかをご存じです。人が神から離れて生きれば、社会に不協和音が起きて争いごとが絶えないでしょう。おのずと人は苦しみもがき、悲しみに耐えられなくなってしまいます。
神は常に人間に呼ばわっています。「わたしの存在に気づきなさい。わたしの知恵に学びなさい」と呼び掛けているのです。私たち人間は、その見えない本当の神に気づくべきなのです。もしあなたが神の知恵に気づくことが出来ないのなら、主イエス・キリストに目を向けてみましょう。この方が神の知恵をハッキリと教えているからです。

2.主イエス・キリストから学ぶ人格
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。マタイ11章28-30節 聖書協会
人間力とは、その人の人格から生まれてきます。誤魔化しの人間力は、偽善的な人格が根底にあります。人を自分の都合で操る、将棋の駒のように人を使うのが人間力である、と多くの人たちは考えますが、それはまやかしの人間力でありません。真実の人間力とは、誠実な人格から来るのです。
私たちが主イエス様に学ぶとき、主イエス様は私たちを造り変え、健全な人格形成をしてくださいます。クリスチャンは、謙虚であると同時に、主イエス様への信仰によって揺るぎない自信に満ち溢れています。自分自身の能力に自信を持っているのではなく、主イエス様に自信をもっているのです。
主イエス様に学ぶ健全な信仰によって、人は人間力を身に着けていくのです。その人間力とは、具体的に愛であり、聖霊の実である喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。聖書によれば、これ以上の人間力はありません。

3.創造主なる神を愛して人間力を高める
イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」マタイ12章29-31節 聖書協会
神の知恵から学ぶ信仰は、私たちクリスチャンが神を愛す信仰に反映されます。人はストイックに自分を見つめ、人間力を高めようとしますが、クリスチャンは天を見上げ神の御国を求めて人間力が高められるのです。天にいらっしゃる主イエス様を慕い愛し求めます。
内側思考の人は、自分と他人を比較して、自分の人間力を測りますが、実は不健全な心を生んでしまう原因になるのです。人より優れていれば優越感にしたり、逆に人より劣っていれば劣等感に悩んでしまうでしょう。
このような比較ではなく、主イエス様に目を向けてこの方を心尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして愛し求める時、必ず主イエス様は私たちを引き上げてくださいます。なぜなら、主イエス様はクリスチャン一人一人に約束してくださっているからです。

4.隣人愛を実践して徳が高められる
最後の人間力のカギは、私たちの人間関係にあります。1~3の原則を実践しても、最後の原則が守られなければ台無しです。なぜでしょうか。神との関係である縦の関係は、ちょうど十字架のように、人間関係である横の関係と交わっているからです。この交わりが、屈折していたら全体が歪んでしまいます。
1ヨハネ4章20節に書かれているように、神を愛し慕い求めていると言いながら、隣人を嫌うのは不可能なのです。隣人愛の実践は、十字架の要の部分です。主イエス様ご自身が次のように言っています。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしてしなさい。これこそ律法と預言者である。マタイ7章12節 聖書協会
私たちクリスチャンの信仰は、日々試されます。箴言に次のように書かれています。
あなたを憎む者が飢えているならパンを与えよ。渇いているなら水を飲ませよ。こうしてあなたは炭火を彼の頭に積む。そして主があなたに報いられる。箴言25章21-22節 聖書協会
上記の聖句は、ローマ12章で引用されている人間関係の原理原則です。自分を愛する者を愛したかところで、何になるのでしょうか。主イエス様の戒めです。だからこそ敵を愛しなさいと戒められています。最後に主イエス様の言葉を改めて読んでみましょう。「だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたががたも完全な者となりなさい」マタイ5章48節
人間力を高めるための4つの原則を挙げてみました。いかがでしたでしょうか。聖書を読まない人たちの基準とは、もちろん違います。管理人には、クリスチャンではない方々にも友人がいます。その方々にも人格が素晴らしい方々いますが、何よりも大切なのは主イエス様についていくことだと思います。
