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キリストによって新しい人生が始まる

富に執着から祈りへ

キリストの救いのは、人間を罪から解放することです。新しい人生が、キリストによって始まるのです。キリストの道は、人生再生の道です。主キリストによって、考え方、心、行動が変えられる新しい人生のプロセスを考えます。

人間の知恵で自分を高めると

ある男性が、自分の人生をやり直したいと思ったのです。女性にもてたいと考えました。自分のどこが悪いのかと考えた時に、自分は背が低かったので上げ底靴を履いて、背を高く見せました。次に彼は、ハンサムになろうと顔をちょっと整形しました。高い給料の仕事をゲットして、高い車も買いました。でもなぜか、満足できないのです。

他の男性と比べると、自分がどれほどダメな人間かと思えてきます。なぜか、以前よりももっと劣等感が強くなってしまったのです。顔の整形もやったし、お金もたくさん持っているけど、人生は不満だらけです。

何とか自分を高めたいと思って、彼は自分の欲求不満を解消するために、また承認欲求を満足するために、どれほど自分がすごいかを他人に自慢するようになったのです。さらに、彼の心には、いつも他人を見下げる心が芽生えてきました。他の人を見て、「何も知らないバカな人」と、他の人を見下げるようになりました。心は態度に出ます。他人を低くして、自分を上げるのです。こうなると、男性としての魅力は逆に半減してしまいました。こんな男性と誰が友達になりたいと思いますか。

これは人生の破滅の道です。こんな道を私たちは行く必要はありません。人生再生の唯一の道は、イエス・キリストの道です。

イエス・キリストが教える人生再生

ヨハネの福音書3章3-8節を読んでみましょう。霊的に新しく生まれなければ、天の御国に入ることは出来ないと言っています。このプロセスは、赤ちゃんが血肉をもって生まれてくるような、目に見えるものではありません。風がどこから吹いてくるか、わからないのは、神様のわざだからです。

霊的に新しく生まれることも、どのようになされるのか、物理的には説明がつきません。なぜなら、神様のわざだからです。水と霊によってと、イエス様は言っています。この水は、バプテスマを指しています。このバプテスマについては、来週、お話しします。

霊的に新しく生まれる奇跡

つまり、霊的に新しく生まれることは、神様の奇跡のわざなのです。新しく生まれるプロセスを考えてみましょう。3つの段階を踏んで、私たちは新しく生まれる道に行きます。この3つの段階とは、考え、心、行動です。

間違った動機で始めたとしても、いいのです。最終的に主イエス様について行くと決めれば。

一番早く、車の運転に気を付けるようになるのは、どんな時でしょうか。それは自分の運転免許所の有効期限が切れていると発見した時です。これで運転に気を付けるようになれば、結果オーライになります。地獄に行きたくないという思いで、聖書を学び、主イエス様について学ぶ人がいます。それでもいいのです。

ステップ1 考えが変えられる

まずイエス様に出会い教えを聞くと、何が起きるのでしょうか。たとえば、主イエス様はこんなことを言っています。

「明日の食べ物のために心配する必要はない。空の鳥を見なさい。野に咲いている花を見なさい。みんな神様が養ってくださっているんだ。あなたは、鳥や花よりも大切なものではないですか。だから、あなたは神様を信じ、神を慕い求めて生きなさい。明日について思い煩う必要はまったくない。一日の苦労は、その日で十分ではないか。だから、日々、主なる神を求めて生きなさい」と教えています。

初めてこのような教えを聞いて、まず私たちはビックリします。何となく考えていて通り過ぎても、何度か聞いているうちに、考え方は納得できるようになってきます。

ここが第一のステップです。考え方が変わるのです。物の見方が変わります。違った世界観を持つようになります。しかしこの時点では、頭だけで理解していて、心では理解できていません。次のステップに行きます。心が変えられます。

ステップ2 心が変えられ信仰が芽生える

心が変わるプロセスは次のような感じです。主イエス様の教えを自分の生活の中に取り入れ、実践してみるのです。主イエス様に従って初めて、その素晴らしさが心にしみるのです。

皆さんが使っている携帯電話も、使って初めてその良さがわかるのではないでしょうか。携帯電話を持っていても、使わずに引き出しの中にしまっておいたらどうでしょうか。何の役にも立ちません。

実は、主イエス様の教えを同様です。主イエス様の素晴らしさ、実際に役に立つ恵みであるとわかった時に、初めて心が変わります。頭で理解しているだけでなく、心からこれが素晴らしい教えであると納得できているのです。ここから信仰が芽生えます。主イエス様の教えは、人生の真理を語っていると信じることが出来るようになります。

しかしこの信仰は芽生えただけで、強い根っこがあるわけではありません。「主イエス様が神の一人子である」と信じているわけではありません。木の花が咲くのに時間がかかるように、信仰が成長するのにも時間がかかります。

ステップ3 行動が変えられ信仰告白する

繰り返し、繰り返し、主イエス様の教えを実践しているうちに、「主イエス様は間違いない、天から降りて来た神の一人子である」と信じられるようになります。ここで次のステップに行きます。

信仰が育ちいっぱいになって器からあふれてくると、それを誰かに言わないという気持ちが生まれてきます。これが信仰告白です。信仰が育ち、まさに信仰告白という行動に出る時です。

「私は主イエス様について行きたい。主イエス様に生き方を教えてもらいたい。弟子になりたい」と告白するのです。この告白によって、人は主イエス様の名によって、洗礼、つまりバプテスマを受けます。これは来週のトピックです。

主キリストが人生の師、人生の律法

今日、私たちは、人生再生のプロセスを学びました。考え方、心、行動の順番で変えられていきますが、実はこのプロセスは、クリスチャンである限り一生続きます。

常に、主イエス様によって造り変えられていくのが、クリスチャンです。「私はもう成長した、学ぶことなどない、変える所もない。私はこのように祝福されている、これが何より私が正しいことを信じている証拠ではないか、などと思った途端に、悪魔が用意した落とし穴に入っていきます。

クリスチャンは、キリストの弟子です。私たちの人生の師、先生は、主イエス・キリストだけです。ですから、常にキリストのように神を愛し、隣人を愛すのが、私たちの目標でもあるのです。そのゴールは、私たちが死ぬ時までたゆまなく目指すものです。だから、今日も主イエス様に告白しましょう。「あなたについて行きます。正しい生き方を教えてください」と。

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