安息日の意味

旧い契約の安息日の意味と新しい契約の安息日の意味

中田キリストの教会の伝道者である前田文夫さんの寄稿です。旧い契約の中心点は十戒めです。その中でも安息日は、神との交わりの日として定められていました。新しい契約では安息日の意味をどのように考えるべきでしょうか。前田文夫伝道者はわかりやすく解説しています。

旧い契約の中心点 十戒と安息日の意味

モーセの十戒は、旧約聖書の中心点です。律法の宣布は、イスラエル民族の神不信の結果ですが、神はこの律法をもって更に大きな恵みの機会とされました。これはまことに測り難い神の愛の深さです。十戒は二枚の石の板に書き分けられ、一つは、神に対する戒め、他の一つは、人に対する戒めです。

「安息日」は、イスラエルの民が暫く労働を休んで神と交わり、神の創造の御業の目的に従って、人生の進路を熟考する機会とするために神が与えられた恵みの日です。

 「安息日を覚えて(守って)、これを聖なる日とせよ。」(出エジプト20:8)とは、“この日を自分のためだけでなく、神のために用いよ”との意で、神と人とのために用いる日です。

 イエスがパリサイ人と論争された時、ホセア書6章6節を引用されてこう言われました。「私は誠実を喜ぶが、いけにえ(儀礼的礼拝)は喜ばない。全焼のいけにえ(捧げ物)より、むしろ神を知る(理解する)ことを喜ぶ」。これが、神礼拝の真義です。

 十戒第四条「安息日」の後段では、自身の休息だけでなく、家族や使用人たち、同居中の異邦人、さては家畜に至るまで、安息日を共にしてこの日に神の恵みを喜び感謝するのです。

主イエス・キリストは安息日を成就させた

 イエスは、「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。」(マタイ5:17)と言われました。イエスが「律法や預言者を廃棄するためにではなく、成就するため来たのです」と言われたことは、安息日についても言えることです。 イエス・キリストが復活されたのが日曜日であったことから、初代教会のクリスチャンたちは聖霊の導きにより、土曜日ではなく、日曜日を安息日として礼拝するようになったのです。

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