私たちの人生をどのような観点に見るかは、人それぞれです。この記事ではキリスト者の戦いという観点に考えてみましょう。
芸術家の岡本太郎さんは、「人生は爆発だ」と表現しました。またオーストリアの画家、グスタフ・クリムトは「人生は戦いなり」という絵画をかいています。聖書は、人生には霊的な戦いがあると教えています。ではキリスト者の戦いとは何でしょうか。
キリスト者の戦い
キリスト者の戦いは、人がクリスチャンになった時から始まっています。
わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。
ローマ7章18-25節 聖書協会
この聖句で、肉は罪の欲求を象徴しています。そして肉の欲求は、神の律法に反している思いです。私たちは、この肉の欲求と神の律法の狭間に生きています。私たちは、聖書を読み神の律法を知るようになり、自分自身の罪深さを知ったのです。しかし、神の律法に従う思いは持っていても、心底、神に従っていません。そんな自分を見て情けなく思える時があります。これが正に、キリスト者の霊的な戦いなのです。
勝利するために神の恵みにすがるしかない
正しい事を知っていても出来ていない私たちには、確かに霊的な戦いがあります。この戦いに勝利するためには、神の恵みにすがるしかありません。自分の思いを支配している罪が、自分自身に宿っているのです。敵は自分自身です。空手家の角田信朗は、「敵は己の中にあり。自分と向き合うことから逃げない」と証言しています。
キリスト者が自己吟味する時、これが目に見えない霊的な戦いであることに気づかされます。実は、本当の敵は別にいるのです。
参考記事
本当の敵とは?
別に本当の敵がいると言いましたが、その敵は私たちを惑わす敵です。キリスト者同士が論争しているのを見たことはありますか。これらの人々は、なぜ戦っているのか、敵が誰なのか、分かっていません。
最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。
エペソ6章10-18節 聖書協会
この聖句は、私たちの本当の敵は誰なのかを明確にしています。目に見えない敵は悪魔です。暗闇の世界を支配している力、つまり悪魔でありサタンです。この聖句は、私たちがこの戦いに勝利するために必要な霊的な武具を説明しています。この聖句の解説は、エペソ6章10-20節 悪魔との戦いにあります。参考にしてください。
神の防具を身に着けて、戦う人は常に次に挙げる原点に戻る必要があります。
自分の罪深さを知り、神の恵みにすがる人の勝利
私たちは、混迷の世の中で生きています。疑いなく、この世の中は、悪魔の力によって脅かされています。どこか歯車が狂っているのです。この世の中が狂えば狂うほど、私たちは、神の恵みを必要としており、主イエス様の教えに頼り、聖霊の力を必要としているのです。つまり、悪魔の力が大きれば大きいほど、神様の恵みにすがるしかないのです。
なぜなら、この罪深い世の中で、私たちは自分自身の罪深さを知るからです。ローマ7章で書かれているように、自分ではどうすることも出来ない罪の力が、自分自身の内に働いているからです。 日々、神の恵みにすがり、祈り、様を礼拝し感謝して過ごしましょう。
ローマの手紙
アーメン。神の力と恵みによって歩めることに感謝します。
本当ですね。感謝して、また感謝して、日々生きていけます。