オウム真理教のテロ事件以来、宗教に関するニュースが多いです。宗教2世という言葉も聞きます。宗教の弊害が、あちこちで出て来ています。そこで、宗教にのめり込まない「無宗教のクリスチャンの3つの視点」を提案いたします。人間が作る宗教から離れて、考えてみましょう。
- 宗教の概念と無宗教の概念
- 無宗教のキリスト教の概念
- クリスチャンは、キリストの弟子として生きていく
- 宗教に縛られない純粋なキリスト教の3つの特徴
- 主イエス・キリストだけが人生の師、人生の先生
- 自分で聖書を読み、考え、祈る
- 個人の自由意志を尊重する
- クリスチャン人口:総人口の1%以下だからこそ
- 何にも束縛されないクリスチャン
宗教の概念と無宗教の概念
宗教という言葉には、さまざまな意味や解釈があります。
この記事で管理人は、宗教を次のように定義しています。宗教とは、人間に作られた教理、儀式、組織を包括する思想及び信条です。宗教は、さらにその規則やルールによって、人の信仰をも支配することが出来るのです。
無宗教のキリスト教の概念
キリスト教における「無宗教」という観点は、多くの人にとって新しい視点を提供すると管理人は思います。伝統的な宗教の枠組みを超え、キリストの教えを直接的に受け入れる生き方を指します。
主キリストが人の自由意志を尊重しました。そのように、無宗教のキリスト教は、信仰がたとえ違ったとしても他の人の信仰を敬うのです。このような姿勢は、異なる文化や宗教を持つ人々との対話を可能にします。より広い視野を持つことに繋がります。たとえば、私は、イスラム教徒や仏教徒との交わりを拒否しません。彼らの考え方には賛同できなくても、管理人は敬います。
キリストの弟子として生きていく
無宗教のキリスト教を理解するためには、まずその意義を考えてみる必要があります。まず、主イエス・キリストの弟子として生きていくことに、焦点を当てていきます。天の神様を愛し、同時に自分自身を愛すように、他の人も愛すことをモットーに生きます。
管理人は、私は横田キリストの教会に属していますが、宗教によって縛られることはありません。ある特定の人物や組織によって、束縛されることもありません。むしろ私自身が、自分の自由意志で教会の奉仕をし、また人々に仕えているのです。個人の信仰を大切にすることで、他の人の自由意思を尊重できるのです。後はYoutubeで

人間が作る宗教は恐ろしい、これは私の実感です。どうにでも、自分の都合の良いように、勝手に思想も信条も変えることができます。管理人 MNより。