コンテンツへスキップ 投稿日:2022年11月21日/更新日:2025年2月15日

自殺について聖書が教えていること

横たわり自殺を考える人

「自殺について、聖書は何を教えているか」、「神様は自殺についてどう思っているのか」を共に考えてみましょう。

聖書の中にある自殺の事例

聖書には「自殺」に相当する言葉は出てきませんが、自殺の事例が5つあります。ここでの自殺の定義は、「自ら命を絶つ」、「他の人に頼み自分の命を絶ってもらう」の2つを含みます。

  1. 士師記9:50-54 アビメレクの死
  2. 1サミエル31:1-7 サウロの死
  3. 2サミエル17:23 アヒトフェルの死
  4. 1列王記16:15-20 ジムリの死
  5. マタイ27:3-5 ユダの死

しかし、聖書はどれについても「自殺は罪である」、または「罪でない」とも明言していません。むしろこれらの聖句の文脈、前後関係を考慮して読んでみますと、「自殺は罪の結果としてもたらせられた」と解釈するのが適当かと私は思います。

神様は、人間が自分自身の命を絶つことを見て悲しんでおられます。人間が生きる意義を、神様の愛に見出すように望んでいます。しかしある人は、愚かにも自分の命を絶つ道を選んでしまいます。

なぜ人は自殺を選ぶのか

自殺について、聖書は何を教えているか

なぜ人は自殺を選ぶのでしょうか。それは、人生の焦点がこの世の物にあるからです。イエスは次のように言っています。

はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。6:27 朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。

ヨハネの福音書6章25-27節

人は何のために働くのでしょうか。お金のためですか。遊ぶためですか。何のために生きるのでしょうか。単にレジャーを楽しむためでしょうか。主キリストは、これらのものは消えてなくなってしまうものである、と言っています。

一日にして自分の財産を無くした人は、もし自分の蓄えが人生そのものだ、と考えていたら、絶望して自殺の道を選んでしまいます。自分の思うように仕事がうまくいかないので死のうかと考える、絶望感を覚える、などの考えは、この世の物に焦点を当てているから浮かんできます。

人生について観点を変えてみる

自分の仕事も自分の業績、財産などは、いずれなくなってしまいます。何人の人が、仕事の業績を称えられ、後世の人々に覚えられているでしょうか。たとえ人々が自分の業績を知っていたとしても、死んだ後には究極的にそこに何の価値があるのでしょうか。

有名になるとか、栄誉を受けるとかで人の人生は決まりません。貴方の人生は、神様が貴方を愛しているからこそ、貴重なものなのです。現実、私たち人間は、日々の衣食住を得て生きるために、働いていますが、働くために生きているのではありません。生きる意味は、もっと他にあるのです。

イエスは、その永遠の命に至る食べ物を私たちに与えてくれます。人々が「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言ったとき、主キリストは次のように言いました。

「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。(ヨハネ6:34-35)

ヨハネの福音書6章34—35節

現在、自殺を考えている人、また過去に考えたことがある方は、今一度、主イエス・キリストのことばをかみしめて下さい。人生の喜び、意義を、主イエス・キリストは必ずあなたに与えてくれるでしょう。

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「自殺について聖書が教えていること」への2件のフィードバック

  1. 昔私は自分に絶望していました。自分自身で何とか解決しようとしていましたが、心の中は常に無理しているのでどんどん落ちて来ます。こんなに真面目に生きて来たのに何故だとか、憤りや鬱など否定的な感情ばかりで自分自身でもうどうにもならない状態でした。そんな時に聖書を読む機会があり、自分は神を無視して生きていて、真面目に生きているどころか魔に振り回されているただの罪人じゃないかと目が開かれました。聖書を読むうちに、苦しみのおかげで神さまを知る事が出来たんだという思いに変えられ、絶望は希望となり命が与えられました。“あなたは私の魂を死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから助け出されました(詩編116:8)。“ の御言葉そのものです。真の解放は主イエスから来て希望を与えてくださいます。主よ、あなたを賛美し感謝します。

    1. Namiさん、素晴らしい証に感謝します。何という励ましでしょう。多くの方々に読んでもらいたいです。特に日本社会は、心に病を負いやすい環境にあるかもしれません。多くの方々が、クリスチャンになっても、心に重荷を背負って生きています。

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