自然の法則を探求する科学の限界について説明します。科学とは一体何でしょうか。自然界、宇宙、物理、化学、生物学、医学など、人間が真理を求める科学はどこまで発達するのでしょうか。
科学の定義
科学とは、人間が自然界(宇宙、地球、動植物、人間)を理解しようとするプロセスです。科学は観察する事から始まります。さらに重要な事は、科学的な仮説や法則は、不変ではありません。新しいが原則が発見されたり、または可能性が考えられるとき、既存の法則はどんなに原則的なものでも、常に吟味されるべきものです。この意味では、人間が自然界をより正確に理解していくに従って、科学とは常に変化していくと言えるでしょう。
- 外部リンク カール・ポパーによる科学の定義
科学によって、人間は理性的に合理的に自然界を理解しようとします。人間は科学によって自然界を理解し、また医学という分野で人体について学びました。実際に、わたしたちは、現代医学によって多大な恩恵を受けています。また時代は超スピード化の時代となり、何事にも便利になりました。この科学の恩恵を、だれも否定することは出来ないでしょう。しかし、人間に限界があるように、科学にも限界があることを説明します。
科学による発見の限界
科学は、すべてを証明するものではありません。たとえば熱力学の法則は、自然科学の中でもっとも原則的なものです。この法則が受け入れられるのは、これが証明されたからではありません。むしろそれ以外に、説明のしようがないし、だれもそれ以外のことを観察をしたことがないからです。事実、熱力学は非常に抽象的な概念(たとえば、宇宙に存在するすべてのエネルギーなど)を含んでいますから、それを証明するのは不可能なのです。
重力または引力の法則は、科学ではよく使われる法則です。この法則を数式で表すことは出来ます。引力の法則により、太陽系の中で飛行する事が可能になるのです。しかし、なぜ宇宙のある物体が、他の物体とお互いに引き合っているのかは、わたしたちにはわかりません。このように一般的に科学は、何がどんな状態になっているかを説明することは出来ますが、なぜそれがそのような状態になっているのかを説明できません。
数学の定義、原理、仮定
数学は、定義、原理、仮定で始まります。しかし、わたしたちは証明しようとはしません。たとえば「平行線は交わらない」と言ってみても、証明はしませんし、絶対的な真理であるとも証明されていません。しかし、この「平行線は交わらない」という仮定から、幾何学(Euclidean Geometry)が発達したのです。曲線状のスペースを考えた場合、必ずしも幾何学(Euclidean Geometry)はあてはまらないでしょう。このように科学の世界でも「信じる」ということから始まっているのです。科学者の方も科学者でない方も、科学がある仮定を「信じる」ということから始まっているのを理解するべきです。
たまねぎの皮をどんどんむいていくと、最後にはなくなってしまうでしょう。この世の自然界と宇宙は、ちょうど終わりのないたまねぎのようなものです。何か新しい発見をしても、それに関するまた新しい疑問が湧いてきます。
近年IPS細胞が発見され、医療の面でも飛躍的発展が望まれています。わたしたち人間は、これからも際限なく新しい原則、概念、体の仕組み、宇宙の仕組みなど発見していきます。その発見の道には終わりがありません。
宇宙の起源
ウィキペディアには、ビックバン(Big Bang)の説明が良くされています。ごく簡単にこの説の概略を書いておきます。
宇宙にあるすべての物質とエネルギーは、約150億年前に非常に密度の濃いコスモ的かたまりが爆発して出来たというのです。問題は、「コスモ的かたまりが爆発の前にあった」という推測です。そのコスモ的かたまりは、どこから来たの?という質問になりませんか。
ウィキペディアでも説明しているように、物理学者の間でも明確な結論はないのです。というより、Big Bang Theory は、一物理学者の推測に過ぎないのです。それに賛同する人もいれば、反対する物理学者もいるのです。宇宙の起源を調べるのは、科学の領域を超えています。つまり、この推論は、観察と実験という基本から離れています。推測でしかないのです。だからこそ明確な結論が出ないのです。
Robert Jastrow, thedirecotor of NASA’s nstitute for Space Studiesが次のように証言します。(現在は、Darthmonuthの地層学の教授です)
150億年前に爆発から宇宙が始まったとすれば、何の力がそれをもたらしたのか?これが究極的な疑問でしょう。ところがこれは、科学的実験と観察という方法で答えられる質問ではないのです。人間にとって最も重要な質問は、なぜわたしたち人間は存在しているのか?これは、科学的実験、観察では答えることは出来ないでしょう。
The Myth of Natural Origin, P20. 管理人の翻訳
同様のことを他の科学者、物理学者たちが証言しています。つまり仮にBig Bang セオリーが本当だとすると、その前には何が起きたのか知るのは不可能だと、すべての物理学者が認めているのです。
Arthur Schawlow 物理学博士(1981年の物理学ノーベル賞受賞)が次のように書いています。
天文物理学の現在の研究では、宇宙の起源は知られないだけでなく、知ることは出来ないと思われる。もしビッグバンセオリーが事実だと仮定すると、その前に何があったのか知る由もないのである。
The Myth of Natural Origin, P21. 管理人の翻訳
Louis Neel、Director of the Center for Nuclear Studies (1970年の物理学ノーベル賞受賞)も次のように書いています。
物理学者として私は、物理学は実験による科学だと考えている。仮説は、新しい事実を発見することにより証明できれば、非常に興味深いものである。この意味で宇宙の起源についての仮説は、物理学に属していないのである。抽象論、哲学の部類に入るのである。物理学は、宇宙の起源について云々できる学問ではない。(The Myth of Natural Origin、P21-22からの翻訳)
The Myth of Natural Origin, P21-22. 管理人の翻訳
人間の存在の意味は、ビッグバンセオリーは答えてくれません。何か他にあるのではないでしょうか。あなたの存在の意味を、科学で証明できるでしょうか。「なぜ、わたしはここに存在しているのだろうか。何のために?」の疑問の答えは、科学には理論的にも科学的にもないのです。
結論
神は、天地万物を創造されました。ゆえに天地万物すべてを支配しています。神は多くの時代を超えて、それを聖書という形で人間たちに啓示したのです。一方、科学は、人間が神によって創造された世界を、組織的に理論的に理解しようとする試みです。もし聖書と進化論の間に矛盾があるとすれば、わたしたちの聖書理解が間違っているか、または私たちの自然科学による理解が間違っているか、どちらかです。