主イエス様は、ありのままを受け入れると聞いたことはありますか。確かに悪人をも受け入れます。罪を犯し続けても良いと言う意味でしょうか。私たち罪人さえもありままに受け入れてくださる、主イエス様の憐みについて考えてみます。
人それぞれに個性がある
短気な人に出会ったことはありますか。育った環境が短気にさせたのか、それとも生まれつき短気なのか、いずれせよ、それは個性として捉えられます。短気な人は、大多数が生まれつきかもしれません。生まれつき短気だからといって、人をバカ者呼ばわりすることが許されるのでしょうか。怒り狂って、その節度のない怒りによって人を殺してしまうことが許容されるのでしょうか。
憐れみ深い神様は、私たちそのままを受け入れてくださいます。しかし、同時に悔い改めなさいと戒めています。怒りっぽい人には、怒るのをやめなさいと。エロ好きな人には、自分の心を節制しなさい、と戒めています。
我々の現状を受け入れる
ヨハネ8章1‐11節を読んでみましょう。ユダヤ人律法学者たちによって姦淫の罪で捕らえられたこの女性は、主イエス様の目の前に出されました。律法学者たちは、「このような女性は石投げの刑にすべきだと聖書に書いてある」といって、主イエス・キリストを試しました。この挑発に「罪のない者が石を投げなさい」と主イエスは答えました。そして、主イエスはこの女性に言います。「わたしもあなたを罪に定めない」と。この様に、神様は私たちが今置かれている現状を受け入れてくださいます。過去の過ちを責めたりはしません。

悔い改めなさいと戒める
憐れみ深い神様は、私たちのありのままを受け入れてくださいます。これは紛れもない真実です。しかし、主イエス様のメッセージには続きがあります。しかし、ここで福音のメッセージは終わりません。続きがあるのです。
主イエス様は、この女性を罪に定めたりしませんでした。これを聞いて、女性もこれを聞いてホッとしたかもしれません。主イエス様は、彼女の背中を押して、もう一歩進んで悔い改めなさいと促したのです。この女性に「これからは、もう罪を犯してはならない」と戒めたのです。人生再生のための悔い改めのメッセージです。人は新しく生まれなければ、神の御国に入ることはできません。キリストによって新生が起きるのです。
彼女が置かれていた立場と私たちが置かれている立場は、違うかもしれませんが、主イエス・キリストのメッセージは100%同じです。同じ福音が語られているのです。
「主イエス様は、私たち人間のありのままを受け入れてくださる」のメッセージは独り歩きして、多くの場合、誤解されてしまっています。主イエス様の福音にはは、必ず悔い改めのメッセージが添えてあるのです。
