富みに執着しその豊かさに依存する者へ、いのちのはかなさ、大切さを語ります。そのうえで、弟子たちにあなたがたと言い語ります。野のゆり、空の鳥を養われる神を語り、必要なことをすべて備えてくださると語ります。そのうえで、彼らが第一に求めるべきことは何か語ります。先ず、第一に神の国と、その義を求めなさい。ルカ福音書 第12章13~31節
イエスへの相談
群衆に様々な人がいます。直前まで恐れるなと、慰めと警告を語っていたのに、今度は財産問題をイエスに相談します。それまで恐れについて聞いていたのに財産問題です。イエスを聞いているものの上の空で、自分が直面する問題に思いを向けています。聞きたいことしか聞かない耳です。みことばを、自分の思いや関心事に引き寄せ聞く不健全な耳は、このひとりだけではないでしょう。
いったいだれが、わたしを裁判官や調停者に任命したのですか。相談には直接触れず、貪欲に注意し、警戒しなさい、財産がいのちではないと、イエスは語ります。それからたとえを始めます。実際あったことを語ったかもしれません。聞いてゆくうちに、自分がその当事者だと気付いた者たちもいたかもしれません。財産問題を抱え、イエスに相談した者も当然たとえの中に入っています。遺産相続が問題になるほどの財に彼は囲まれていたからです。
たとえは、金持ちが豊作の年を迎えます。豊作で穀物を保存する場所がありません。通常、前もって倉庫を用意します。この年の収穫は予想を越え、急遽倉庫を用意することになります。この先何年も安心出来るよう穀物を保管し安逸の日々を送ろうと算段します。生活の安心を確保し、楽しむのは悪くありません。問題は、富に執着し、祝福の主を忘れ、自分の思いのまま、気のむくまま、ことを治めようとする態度です。

イエスの警告
祝福をもたらす方の居場所が金持ちのこころにありません。豊作に目を奪われ、安楽な生活を思います。貧しい者には日々のパンが問題です。生活の支え、不足に目がゆき、こころが奪われがちになります。貧富の異なりあっても、いずれも状況にこころ奪われ、祝福の主を忘れる人の罪があります。視野は狭くなり、こころのレンズが曇りいのちの主が見えません。
手中の物に浮かれ、計画を練る者に神は厳しく迫ります。「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。」「自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」あわれみの主から、愚か者と、厳しい叱責です。厳しいばかりか、たましいを今夜取り去られる、とあります。
これからの楽しみも一瞬で消えます。主を無視し、自分の罪と死をないがしろにしては、いかなる計画も滅びます。倉庫以前、明日を計画する前に、考えるべきことがあります。己の罪と死をどのようにするのか問われています。財産問題を抱え、イエスに相談した者は無言のまま群衆の中に消えます。
弟子たちへの語り
そこで、イエスは目を転じ弟子たちに語ります。いのちのことで衣食に関わる心配はやめなさい。いのちはなによりも大切だからです、と言います。食べること、着ることはいのちを守る大事なことです。しかし、心配するなと言います。必要を満たす方がいます。心配したから、誰か自分のいのちをわずかでも延ばすことが出来ますか。出来ません。食べ物、着るもの、いのち、みな大事です。だからと言って心配することはないとイエスは語ります。
ゆりの花は何もしないのに、栄華を窮めたソロモンさえ、この花ほど着飾っていません。神が装ってくださいます。ましてや、神はあなたがたをどれほどよくしてくださるのでしょう。心配に及ばないと、弟子たちに言います。「ああ、信仰の薄い人たち。」主イエスについてきて、心配ない体験をし、主イエスご自身が、天の父なる神にお委ねして歩む姿を見た筈です。それでも、心配する弟子たちに嘆きのことばです。「ああ、信仰の薄いひとたち。」
薄い信仰は、どんな s信仰 だろうか。信仰は計れないし、比較できません。ただ、信仰が脅かされ、消えかかったり、燃え上がったりすることはあります。信仰が試みられます。ここでは、飲食に固執し、気をもむ者、目先の事に煩う者を信仰の薄い者とします。信仰の濃淡より、こころの置きどころの過ち、こころ定まらない姿を指摘しているのではないだろうか。いずれにしても、「ああ、信仰の薄いひとたち」と主イエスが言われます。
「これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。」

神の国を求めなさい
主イエスは言われます。異邦人たちが切に求めているものは、あなたがたにも必要であることを天の父はご存じです。異邦人が求めるものは、あなたがたにも必要です。ユダヤ人や異邦人の区別無く、日々必要な糧に異なりはありません。天の父なる神は私たちすべてにとって必要なものをご存じです。異邦人であるルカにとっては特別な思いのこもった、主イエスのみことばです。この事実を明らかにし、主イエスはいわれます。
「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。」k神の国
財産問題から端を発し、真の富について語られ、衣食まで取り上げてくださった主イエスです。その日暮らしの鳥、野に静かに咲くゆりの花を見せてくださいます。身辺の事柄を見せ、父なる神が弟子たちに、私たちにどれほどご配慮してくださっているのか語ります。財、富、衣食、日々の糧は誰にとっても大切なものです。その必要に触れながら、私たちに、なによりも無くてならないことを明らかにしてくださいます。
私たちにとって唯一無くてならない、求めるべきは「神の国」です。神の国を求めなさい、後は必要に応じ天の父なる神より与えられます。群衆の中に消えた、ひとりの相談者にも届いているはずです。聞いてください主イエス・キリストの御声を。
「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。」
