世界中の国々の歴史を紐解いてみると、政治と宗教は常に密接な関係にありました。最近では、その密接な傾向が世界中で強まっているように見えます。アメリカでは多くのクリスチャンが、トランプ大統領を支持しているようです。戦中の日本では天皇が神として崇め祭られ、軍人たちが第二次世界大戦の中で暴発したように思えます。キリスト者が政治にどのように関わるのか、3つの原則を考えてみます。
国を治める政治家たちのために祈る
1テモテ2章1-3節を読んでみましょう。自分がどんな政治信条をもっていようと、キリスト者が国を治める政治家のために祈るのは良いことです。この世に悪が蔓延してように、政治の世界にも悪で満ちているのは言うまでもありません。しかし、それでも政治家たちのためにキリスト者は祈ります。
なぜでしょうか。まずに第一に、キリスト者は神の御国が宿るように祈るからです。天に御心が行われるように、この地においても行われるように祈るからです。政治に神の支配があるように祈り、正義が行われるように私たちは神に寄り頼みます。その結果、私たちは神の平安の内に平穏で落ち着いた生活が出来るようになるのです。

善良な市民としてすべての生活マナーに従う
ローマ13章1‐7節を読んでみましょう。キリスト者は、主イエス様を信じているがゆえに、神の支配に自分自身を置いています。同時に、神はこの世の中にある組織をも支配している、とキリスト者は信じているのです。ですから、どのような状況であれ、善良な市民として生きていくべきだと管理人は思います。
市民として規則や生活マナーに従うのは、当然のことです。主イエス様を信じていない人たちが、愛と思いやりを実践しているのであれば、キリスト者はそれ以上にすべきでしょう。近所の方々とのお付き合いをはじめ、小さなことですがゴミ出しにおいても思いやりと配慮するのが、キリスト者としてやるべきだと思います。さらに管理人は、選挙には必ず行きます。選挙権の行使は、私たち市民が政治に関われる最低限の方法だからです。

広い世界観を持つ 国籍は天にある
ピリピ3章20-21節を読んでみましょう。世界各国において、自国の利益を第一に考える極右政党が台頭しています。たとえば、具体的にいえば、アメリカのトランプ大統領の政策「アメリカファースト」やドイツのAfDのような政党に極右思想が見られます。日本においても参政党のような勢力が伸びています。
管理人は、日本という国に誇りを持ち、日本の伝統的な文化が好きです。日本人ファーストのような極端な思想は持っていませんが、日本にいる人々に祝福があるように祈っています。しかし自分の政治観や常識の枠を超えて、神様のみことばの視点でこの世界を見ています。神様は国という分け隔てで、ある国を愛したり別の国を蔑んだりはしません。みな同じように愛されているのです。キリスト者の国籍は、まず天にあります。そして人間がつくる国家の国籍があります。
このような視点で見れば、「私の国が一番」と考えるよりは「神の御国が一番」とキリスト者は考えるべきではないでしょうか。

21世紀の世界は、人類の歴史上もっとも混迷を深めているかもしれません。そのような世の中で生きているからこそ、キリスト者は天を見上げて生きるべきではないでしょうか。政治は混迷を極め、核戦争が現実になるかもしれません。しかし、主イエス・キリストの再臨は、刻々と近づいています。管理人は「主よ、早く来てください」と日々祈っております。
