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人間本来の姿と生き方

人間本来の姿

最近のニュースには、あまりにも悲しいことがあり過ぎます。人間本来の姿と生き方は何でしょうか。また日本の社会全般を見ても、詐欺事件や凶悪犯罪は日々多くなっています。

今日も太陽が昇り

今日も太陽が昇り、新しい日を迎えることができています。イエス・キリストの招待状は、毎朝昇る太陽なようなものです。気づけば、そこにある、あって当然、当たり前と思っているから、あまり感謝もしないのです。結果的に、太陽の光を見て、真夏の暑さの中では、逆に迷惑でしょう、と思ってしまいます。

毎朝、太陽は昇って、夕日になって沈んでいくのです。時が良くても悪くても、雨が降る日でも、太陽は昇ります。実は、毎朝、イエス・キリストの招待状は届いています。わたしを信じなさいと私たちを招いているのです。それに応えない手はありません。今すぐにでも、Yesと答えたいのですが、もう少し深く突っ込んで、主イエスの招待状について深堀してみます。

イエス・キリストは天から降りてきて、人と成られたことを先週、考えました。では私たち人間の立ち位置はどうでしょうか。最初に、人間本来の立ち位置、人間本来の姿とIDについて考えてみましょう。

人間本来の姿を知るために、神を知る

人間本来の姿を知るために、神を知る必要があります。創世記1章26-27節を読んでみましょう。自分を知るために、まず最初に私たちは、神がどのようなお方か、知る必要があります。そして、神がどのようなお方なのかを知って、初めて私たち自身も人間本来の姿を知り、どんな目的で生きているのかを理解できるのです。なぜなら、私たち人間は、神に似せられた者として、創造されたからです。

天にいらっしゃる三位一体の神様は、聖なる義なる愛なる方です。罪や悪がまったくない聖なる神様です。そして、この世において、正義を行う方です。さらに、人間を愛し、清い方法で人間に正義をもたらします。

神様の人間に対する支配は、神の愛に満たされているのです。実際、神様は、悪人にも善人にも、自然を通して神の愛を与えています。このように、創造主なる神は、人間を支え、人間に必要なものを与え、人間に仕えている方なのです。罪を犯し続ける神の敵のような人でも、実は神様によって愛されているのです。

これらの神様の人格を、まさに私たちにイエス・キリストは見せてくださったのです。マタイ20章28節を読んでみましょう。神様は天にいらっしゃる方、私たちは、この地上で生かされています。この意味では、神様は遠くにいらっしゃいます。しかし、実際は、とても近くに、私たちの側にいます。寄り添っているのです。いつでもどこでも、私たちと共にいて、助けてくださっています。

このような神に似せて、私たちは創造されたのです。ここに、自分自身を知るヒントがあります。しかし、人類史上大きな問題が起きました。アダムとエバの罪以来、人は神様から離れて生きていくと決めたのです。

人は神様から離れて生きていくことに決めた

人が神様から離れて自分の力で生きていくと決めると、自分のIDを忘れてしまうことになります。自分が何がしたいのか、何が出来るのか、分からない状態で、行き当たりばったりで生きていくのです。気の赴くままに、風に流されるがごとく、生きていきます。私はこれをパチンコ玉人生と呼んでいます。いろいろな釘に当たって痛い思いをして、最後には奈落の底に落ちていく人生です。

罪深い人間は、「人生は自分のものだ。自分がどう生きようが、他人は関係ない。自由に生きる権利が自分にはあるんだ」と考えてしまいます。これは人間の名言です。肩肘を広げて、邪魔者は来たら、肘打ちでも、崖から落とせばいいくらいの気持ちで生きています。

だから、この世の中は狂っています。お互いに傷つけ合い、殺し合いをする社会です。犯罪は増える一方です。戦争は終わることがなく、どこかで続てい行きます。でも、人間関係だけが狂っているだけじゃありません。この世の中には、自分自身が大嫌いで劣等感に苦しんでいる人たちが、大勢いるのです。アメリカの調査ですが、80%以上の人たちが、自分が嫌いなところがあると答えています。

罪の呪縛にかかった人間社会

これほど、科学技術が発達しているのに、なぜ世の中の悪の問題だけは、人間は解決できないのでしょうか。携帯電話やその他の多くの電子機器によって、私たちの生活はますます便利になっています。不治の病はなくなりつつあります。毎年、新しい薬が発明され、平均寿命は長くなっています。今や人生100才の時代です。

なぜ悪の問題を解決できないのでしょうか。それは、人間自身が悪だからです。人間自身が狂っているからです。人間社会の悪の呪縛によって、私たち人間は奴隷のようになってしまいました。この苦しい人生で、自分で何とかしようと、もがけばもがく程、深みにはまっていく蟻地獄の様です。

イエス・キリストは、この状態を罪の奴隷と言っています。この狂った罪の呪縛の状態から、どのように抜け出すことができるのでしょうか。

イエス・キリストの真理が私たちを自由にする

ヨハネ8章31‐36節を読んでみます。個人的に悪なる罪を行っていなくても、私たちが主イエス・キリストに従っていなければ、罪の影響を受けて、罪の奴隷状態になってしまっているのです。

罪の奴隷状態とは、本来の人間の姿、生き方を失ってしまっている状態です。神様の支配に自分を置いているのではなく、自分が考える人生観で生きています。根っこにある「自分自身が自分の人生の中心ある」という考え方です。

霊的な記憶喪失

自分のIDを忘れてしまった記憶喪失になったようものです。神様によって造られたことを忘れ、自分の名前を忘れ、生年月日を忘れてしまったのです。その結果、自分が何のために生まれ、どこから来て、この人生で何がしたいのか分からないようなものです。

イエス・キリストだけが、この記憶喪失の病気を治してくれます。そして罪の呪縛から解放してくださるのです。このプロセスには、順番があります。

第一に、主イエス・キリストの教えにとどまること、つまり、教えを実践して生きることです。そうすれば、キリストの弟子になり、真理を知るようになるのです。

この真理とは、先週も言いましたが、「これだ、あれだ」と指をさして掴めるようなものではありません。むしろ、徐々に心に沁みてきて、あなたの心を暖め、氷のように冷たくなった罪の呪縛の鎖を取り去ってくださるのです。

心のつっかえ棒が取れるような感じです。何かしっくりこなかったけど、すべてが良い所に収まるようなイメージです。ストーンと心に何かが落ちて、「あ~~~~そうだったんだ」と何となく疑問に思っていたことが、答えられたと思えるのです。

霊的なIDを探し求める現代人

実は、この世の中では、多くの人たちが、自分に何が出来るのか、何をしたいのか、自己評価、自分の価値観に迷っている人たちが大勢いるのです。何のために生まれてきたのか、人生の目的は何なのかを探しているのです。まるで、そこは迷路です。同じ所をグルグル回っている状態です。

事実、五木寛之という小説家は、「人生の目的」という著書の中で、次のように書いています。「人は人生の目的を見つけようとするが、人生の目的は見つからないかもしれない。むしろ、人生の目的を見つけることが、人生の目的である」と書いています。

五木氏が書いていることは正しいです。人生の目的は見つからないのは、当たり前です。なぜなら、創造主なる神様、私たちのデザイナーから離れて、目的など見つかるわけはないのです。

不思議な方法で神は介入する

真理を求めている人には、神は不思議な方法で介入します。これは人によって違うので、一概には言えませんが、一例を示すと次のような感じです。

キリストを知ってみたいと思わせる事件が起きます。そのきっかけが、神によって造られます。次に、真理を求めている人には、必ずと言っていいほど、良い出会いがあります。その人は、一般のクリスチャンかもしれません。その人から、イエス・キリストの愛という香りを感じます。

しかし残念ながら、多くの方々が、神の介入と導きに気づきません。なぜなら、霊的に鈍感になっているからです。自分の思い込みや罪深い考えが、神と自分の間に壁を作ってしまっています。ますは、その自分勝手な思い込みを捨てましょう。素直に心をイエス・キリストに開いてみましょう。そうすると、何が起こるのでしょうか。

イエス・キリストがあなたに寄ってきます。そして優しく手をとって導いてくださいます。イエス様を求め続ける、学び続ける、これこそ聖書が教える信仰です。最初に言ったように、イエス様の招待状は、太陽が毎朝上るように、毎朝届いています。その招待状に心から、ハイといって返事をしてみましょう。

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