コンテンツへスキップ 投稿日:2026年2月22日/更新日:2026年2月22日
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洗礼はクリスチャン人生のスタート・ライン

スタートライン

洗礼は主イエス様との結婚式であるように、洗礼はクリスチャン人生のスタート・ラインに過ぎません。主の弟子として生きていく決心をしたのです。ですから、一生涯、主のしもべとして忠実に生きていくために、主の訓練と鍛錬を受けます。主のように神を愛し、隣人を愛すことがクリスチャンのゴールです。

バプテスマは結婚式

クリスチャンは、洗礼(バプテスマ)をどのように理解すべきでしょうか。バプテスマとは、主イエス様との結婚式です。主イエス様の弟子としてついていく、慕い求めて一緒に生きていくと決心する時でもあります。

男女が結婚した後でも、夫婦ともに苦楽を共にして、いっしょに生きていくと決めるわけです。この結婚の契約、お互いに信頼していくのは、一生涯続いて行きます。途中で止めることはありません。主イエス様の弟子になったクリスチャンは、なおさらです。この記事では、バプテスマを受けた後のクリスチャンの人生について考えてみます。

スタート・ラインに立ったから

バプテスマは、クリスチャン人生のスタート・ラインに立ったのに過ぎません。陸上競技で、ある人がスタート・ラインに立ちましたが、その人はスタートを切りません。走り出さないのです。理由を聞いてみました。「私は、このレースに名前が載っただけで満足なんです。だいたいうまく走れません。今、走り方を勉強中なんです。いったんスタートしたら、途中で止まれません。だから、今休んでいるのです。」

このような態度を、実際にバプテスマを受けた後でも、持っている人たちがいます。クリスチャンのレースは、バプテスマを受けた時から、スタートが切られています。走りながら、走り方を学びます。道に迷ったりしたら、途中で休むことも、許されています。しかし、クリスチャンのレースは終わりません。

神の救いの計画

クリスチャンの救いの概念

バプテスマを受けたというのは、運転免許書をもっているのと同じと考える人がいるかもしれません。私が初めて運転免許書を手にした時に、大人の印みたいに思ったものです。自分が車を運転できることを、18歳であった私は、とてもうれしく、誇りにも思っていました。実際、運転免許書を更新は必要ですが、免許書を持っている限り、車を運転をする資格があるのです。たとえ、30年も40年も車を運転していない人、つまりペーパードライバーであっても、運転資格があるのです。

これと同じように、バプテスマを考える人がいます。バプテスマを受けて救われたと安心するわけです。つまり、バプテスマを受けていれば、救いの資格があるという思考なのです。しかし、バプテスマは、運転免許書のようなものではありません。証明書でもないのです。

若い時に、主イエス様の名によってバプテスマを受けたけど、主イエス様の弟子として生きてこなかった人は、どうなんでしょうか。主イエス様につながってなくて、主イエス様の弟子として生きていない人に、救いの資格はあるのでしょうか。救いの資格を運転免許書と同じように考えれば、救われると思うでしょう。しかし人間が考えるように、神は人々を救われないのは明らかです。

主イエス様は、種まきのたとえの中で、神の救いの性質について説明しています。御言葉を喜んで受けてクリスチャンになっても、主にとどまり続けなければ、その人の魂は失われてしまうのです。主につながっていなければ、救いもなければ恵みもありません。

罪の赦しの概念

救いの概念と同じように、罪の赦しについて同じように考えてしまう人がいます。憐み深い神様は、バプテスマを受けた人の罪を、永遠の泉が汚れを洗い流すように、赦し続けると考えるのです。泉が罪を洗い流しますから、自分には罪がない状態になります。つまり、悔い改める必要もないと考えてしまうのです。これは極端な考えであり、誤った考え方です。2か所の聖句が、このような態度について、警告を与えています。へブル10章26‐27節、  2ペテロ2章20-21節を読んでみましょう。

この2つの聖句が警告しているクリスチャンとは、どんな人でしょうか。自分の良心が鈍くなり、罪の認識も何もなくなった状態です。このような警告が与えられているのですから、どのように自分の救いを捉えるべきか、考えてみましょう。

主イエス様の弟子は、改善すべき課題をもっている

信仰深いクリスチャンは、当然、主に忠実に生きたいと望みます。同時に、それぞれクリスチャンは、多かれ少なかれ、何か改善すべき課題を抱えています。

管理人の課題

私は長い間、自分を律することに、課題をもっていました。行動においても、感情においても、考え方においても、多くの失敗をしながら苦しんでいたのです。実際、最近になってやっと進歩が見えるようになったような状態です。自分の人生を振り返ってみますと、毎週、毎月、「最近になってやっと出来るようになった。改善している。気づかされた。」と言っているのに気づかされます。20年間、ずっとこの言葉を繰り返しています。

主イエス様は、忍耐強い方です。私たちの悔い改めを待っておられます。もう一つ、大切なことを、最近気づきました。主イエス様に従うことが、人生の最高の祝福をもたらすことです。すごく単純な真理ですが、これは真実だと思います。

主イエス様の弟子は、現在進行形でトレーニング中

主キリストは、私たちを奴隷のように、規則で縛り付けたりはしません。真実はその逆です。主は、私たちの失敗の負の連鎖から、解放してくださるのです。

先ほど、読んだへブル3章12-14節に書かれているように、日々、主イエス様の名によって、罪を悔い改めて、神を礼拝するのではないでしょうか。主イエス様の弟子であるクリスチャンは、現在進行形でトレーニング中なのです。なぜなら、みんな改善すべき、大小合わせて、課題を持っているからです。

トレーニングの間、主イエス様によって変えられたい、自分の課題を克服したい、主イエス様のように神を愛し、人を愛したいと思っているのでしょうか。そのような決心がなければ、また祈りがなければ、課題を克服するのは難しいかもしれません。

常に聴く耳をもちましょう

いつも、主イエス様に耳を傾けましょう。ある年配の女性が、耳が遠くなってよく聞こえなくなっていました。耳鼻科の医者は、手術をしましょうと提案しました。ところが、この女性は次のように答えたというのです。「私はもう90歳です。もう十分に聞くべきことは、聞きました。」と手術を拒否したのです。

しかし、クリスチャンは違います。何歳になっても、聖書の言葉は、私たちの耳に新鮮に聞こえます。学ぶべきことがあるからです。常に、霊的に成長する分野があるからです。

主イエス様の弟子は、マラソン・ランナー

クリスチャンのトレーニングは、一生続きます。私たちが死ぬまで続きます。その意味では、クリスチャンの人生はマラソンランナーに似ています。マラソンは、決められたコースを走ります。長い道のりであり、ゆっくりでも良いから前進しなければ、ゴールまで行けません。実際にあった話ですが、あるマラソン・ランナーが、故意的にショートカットをししてしまったのです。つまり違反です。そのため失格になってしまいました。主イエス様について行く場合でも、決められたコースを走らなければ、失格になってしまいます。

もう一つの間違いは、あるランナーは、故意ではなく、コースを間違えて走ってしまったのです。この人は、すごく遠回りをして、疲れ果てて、ゴールをしました。間違ったコースを走っていれば、疲れるだけです。クリスチャン人生においても、主イエス様から目を離せば、このように遠回りしてしまうことがあります。しかし、いつも祈りましょう。主イエス様に目を向けて、一心に前進するのです。

クリスチャンは、主イエス様の弟子

ある人たちは、自分の趣味を選ぶように、主イエス様を選んでしまっているかもしれません。自分の趣味、つまり自分の好き嫌いで、クリスチャンになったのです。聖書の中に、自分の考えに合わない、あるいは好きじゃない箇所があると、その箇所はもう読みません。その箇所は、聖書にはないかのように、考えているのです。

しかし、主イエス様は聖書66巻すべてを、神の御言葉として受け入れています。神の創造も言葉通りに受け入れました。ですから、私たちもすべて受け入れるのです。

つまり、私たちはクリスチャンは、主イエス様の弟子なのです。主イエス様が父なる神様を信じたように、私たちも信じます。しかし、私は若い時、「でも神様、これがあるから出来ません。しかし、神様、これは私には無理です」と言って、主イエス様に反論していました。私は、このような「でも、しか」人間でした。

主イエス様は船長

人生の嵐があっても平気です。主イエス様が船長だからです。天地万物を支配しているのは、主イエス様だからです。私たちは、主イエス様が命令する通りに、何でも従えば良いのです。それが、私たち、弟子としてのミッションであり、特権だからです。

主イエス様について行くのは、楽しい、喜びと祝福に満ち溢れています。人生の航海では、嵐もあります。試練もあります。しかし、それでも私たちは、霊的に信仰によって成長していきます。

主イエス様は、いつも私たちに言っています。「恐れるな。わたしを信頼しなさい。私から学び、倣い、私について来なさい。私に従いなさい」と招いているのです。だから、今日も、「はい、ついて行きます」と主イエス様に告白しましょう。

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