昔の常識は今の非常識という現実が、社会の至る所、たとえば教育、親子関係、夫婦関係、男女の関係などに見受けられます。特に管理人が注目するのは、男女の違いに全く境界線がなくなってきたことです。この記事では、男女の違いについて考えてつつ、この世界がどこへ向かっていくのかを考えてみます。
神のみこころが示されている男女の原則
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」創世記1章27節 「こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。」創世記2章24節 聖書協会
創造主なる神は、上記の聖句が示すように、人間を男と女に創られました。男性と女性は、創造主なる神のみまえでは平等です。また人間という共通のIDを持っていますが、肉体的にも精神的にもまったく違った性質を持っています。違った男女はお互いに欠けているところを補うのが神のみこころです。そしてその中である人たちは、結婚の契りを結び、男女の愛を育むのです。クリスチャンの結婚

男女の違いの垣根が取り去られた
しかし今、神のこのみこころは根底からくず返されようとしています。男女の違いの垣根が、取り去られようとしているのです。驚くべきことに、それが公共の事実として認められつつあります。まだ日本では、同性婚は公には認められていませんが、世界の風潮あるいは社会全体が、100%男女の垣根をなくそうとしているように思われます。
1.性別の違いがない身だしなみ、清潔感
コロナ禍以来、清潔感は人の身だしなみ、マナーの一つになったように思われます。アメリカのある署名なニュースキャスターは、飛行機内では他人が触ったもの、たとえばトイレのドアの取っ手などはアルコール消毒したハンカチを使って開けると証言していました。決して、他人が触ったものはあ、直接は触らないと言っていました。その位、清潔感について、敏感な人が増えているのです。
さらに最近では、男性の間でもスキンケアが一般的になっているようです。昔の常識では、男性は髭剃りの後、クリームを塗る程度であったでしょう。さらに全身脱毛をする男性もいるようです。ドラッグ・ストアーの男性のスキンケアの一角は、女性のものと同じくらいのスペースがあるのでは?思うほどです。
2.性別の違いに境目がなくなった、服装と容姿
もう一つ管理人が驚くことがあります。服装や容姿についても、(私が東京都内で電車に乗っていると)中性的な方が増えていると気づかされます。男性なのか、女性なのか、どちらなのかまったく見当がつかないという方々です。女性のファッションが、そのまま男性へと移行したように思われます。しかし今の常識においては、これらの変化がそれほど違和感なく受け入れらているのです。
これはキリスト教にも影響を及ぼしています。ある教会の牧師は、公然と女装趣味があることを告白しています。その方は既婚者であり2人のお子さんがいるようです。教会のHPでも公表されています。その方の公の写真は、どこか女性のような容姿にしているように思えるのです。名古屋聖ヨハネ教会
3.性的趣向が公の場で明かされる
男性の女装趣味が、同性愛とどのような関係にあるのか、管理人にはわかりません。ここで最後に、男女の違いがなくなった意味で、同性愛と性的趣向について考えてみましょう。
同性愛は、日本はもとより古代ギリシャのような西洋の国々でも行われてきた慣習です。ですからこの意味では、同性愛は珍しいことではありせん。しかし現代社会はもう一歩進んで、性的趣向に境目がなくなってきたのです。男女の愛と同様に、同性間の愛も許容されるようになりました。あるいは、ある人たちは、男女の性的関係を持つこともできるし、同性との性的関係ももつことができるというのです。
公共の電波やマスコミが、その性的趣向の境目がなくなってきていることを明らかにしていると思います。NHKは、性同一性障害の方々をサポートする番組を、公共の電波を使って全国に流しています。さらに、個人的な性的趣向を公にする「カミングアウト」することが、勇気ある行動として称賛されるようになっているのです。


この世界はどこへ行くのか
男女の違いの境界線がなくなっているのは、世界が神のみこころから離れていっている兆候の一つに過ぎないでしょう。同性愛者が結婚をして、医療技術によって子供を授かり、その人たちが父・母と呼ばれる日も近いのです。それでもこのような混乱は、氷山の一角に過ぎません。愛は冷え込んでいきます。殺戮の社会が広がっていきます。終末に向かって、この世の中はますます混迷を深めていくでしょう。
同時に、この世の中が罪深くなっていくのは、神が許容しているのではないかと管理人は思います。人間の罪深さがより鮮明になると、それに比例して主イエス・キリストの憐れみと教えが、どれほど素晴らしいのかがわかります。
人々は悪魔に騙され、ますます迷い、お互いに傷つけ合っていく社会でいくようになるのです。多くの方々が、主イエス・キリストの権威を認めていなくても、主はいつか私たち人間に現れます。でも主がいつ現れるのか、再臨さるのかは、誰も知りません。主イエス様さえも知らないのです。しかし刻一刻と世の終わりに近づいているのは確かな事実です。
だからこそ、主イエス様が再臨する前に、一日も早く主イエス・キリストを信じましょう。主イエス様が再臨した後では、悔い改めは出来ません。この方を信じる生き方は、神の恵みに満たされる喜びの人生です。直接、主イエス様はあなたを招いています。「神を信じ、わたしをも信じなさい。わたしから学びなさい」と。招待状は今あなたの手元に届きました。手を挙げて主イエス様に応えましょう。
外部リンク 男女の仲を破綻させる男女の違い
