人間の価値はどのように定められるのでしょうか。子供の頃は学校の成績によって、良い子か悪い子が決められてしまいます。しかし、本来、神が人間の価値を定めているのです。あなたは高価で尊い!というタイトルで、イザヤ43章4節から神様の愛を、御茶の水キリストの教会の野口良哉伝道者に解説していただきました。とてもわかりやすいメッセージです。
随分昔のことになりますが、神保町の古本屋街を散策していたところ、ある本屋で「人間の価値は300円!?」と書かれた本の帯を見かけました。確か、「人間の身体の80%は水分で、そんな水はほぼタダで、後は炭素とカルシウムと・・・」というように、物質的な価値としての人間はせいぜい300円程度だという論理だったと思います。
わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。イザヤ43章4節
それに対して、上掲の聖書の言葉には、誰が何と言おうと、神の目に、あなたは高価で尊い存在なのだということが明記されています。300円どころか、あなたには、プライスレス、お金には換算できない大いなる価値があると、神はおっしゃっているのです。
そして、その後に、「わたしはあなたを愛している」と、神様の“I Love You”が続きます。ちなみに、かの二葉亭四迷はかつて、ロシア語の“I Love You”に当たる言葉を「君のためなら死んでもいい」と意訳したそうですが、神様のI Love Youも、まさに、そんな「君のためなら死んでもいい」という愛なのではないでしょうか?・・・イエス・キリストの十字架の愛は、そのことを如実に物語っています。
さらに、その後に、神は、「人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにする」と言われます。簡潔に言うと、神様はあなたの為だったら、全世界を犠牲にしても厭わないということなのではないでしょうか?・・・実は、一節によると、この言葉がもとで、あの名言が生まれたというのです。その名言とは「人一人の命の重さは地球よりも重い」です!

私たちは、時に、自分が好きになれない、どうしても自己受容に困難を感じることがあります。セルフイメージが極端に低くなってしまうことがあります。しかし、神は、そんなあなたに、地球よりも重い価値があるんだよ、と言って下さっているのです。あなたの為なら死んでもいいよと言って下さっているのです。そして、実際に、神はキリストとして、十字架上であなたの罪の身代わりとなり、その救いのために死んで下さった、と聖書は語るのです。
改めて、神のあなたに対する篤き愛のメッセージをお聴き下さい。「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。」(イザヤ書43章4節)
瞬きの詩人 水野源三 私は私らしく生きる
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」ローマ人への手紙8章28節 聖書協会

「瞬きの詩人」こと、水野源三さんをご存知でしょうか?・・・水野源三さんは9歳の時に集団赤痢になり、弟さんは回復したものの、源三さんは高熱が下がらず、その後遺症で、重度の脳性小児まひを発症してしまいました。それまで野山を走り回っていた活発な少年が、瞬き以外の何もできなくなってしまったのです。12歳の頃、一時的に片言が話せるような時期もあったそうですが、その時、口をついた言葉は「死にたい、死にたい」だけだったそうです。
そんな水野源三さんが、パンの委託加工をしていた母親のもとにパンを買いに来た近所の牧師さんと出会い、やがて、イエス・キリストとの決定的な出会いました。・・・哲学者マルチン・ブーバーの言葉「人生は出会いで決まる」とは良く言ったものです。
ところで、当時、ほぼ放置状態だった水野少年に、ふとしたことからコミュニケーション能力があることを知った母親は、五十音表を示して、水野少年に瞬きを合図に言葉を拾わせ、なんと詩作の才能をも見出していきます。「瞬きの詩人、水野源三」の誕生です。
こんな言葉があります・・・「苦しみの中でこそ開かれる世界がある」。苦しみの中でこそ、出会えるお方がおり、苦しみの中でこそ、味わえる境地があるのではないでしょうか?水野源三さんが、その苦しみの中で開くことになった世界、水野源三ワールドの一端を紹介しましょう。「悲しみよ」という、水野源三さんの詩を味わって下さい。
「悲しみよ」
悲しみよ、悲しみよ、本当にありがとう
「悲しみよ ありがとう」日本基督教団出版局
お前が来なかったら、つよくなかったら
私は今どうなったか
悲しみよ、悲しみよ
お前が私を この世にはない大きな喜びが
かわらない平安がある
主イエスのみもとに つれて来てくれたのだ
まさに、最初に掲げた聖書の言葉にありましたように、水野源三さんは「神がすべてのことを働かせて益としてくださること」を悟ったのではないでしょうか?

長引く地球規模の脅威としてのコロナ禍、世界を震撼させているロシアのウクライナへの軍事侵攻、頻発する大きな地震などなど、なかなか苦しみの中に開かれる世界を見ることができません。万事が益とされている感覚が味わえていないかもしれません。
しかしながら、まずは、日常の些細なこと、ほんの小さなことにおいてから、マイナスにプラスを見つけていきたいと思います。・・・そういえば、いつの間にか、春がやって来ているのではないでしょうか?
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」 (詩篇119篇71節)
