キリスト教が教える隣人愛とは何でしょうか。隣人愛の実践を、具体的にどのような行動で示せるでしょうか。このブログでは、キリストが教える隣人愛は何かを明確にして、隣人愛を日常生活でどのように実践できるのかを考えます。
隣人愛とは何か?
愛は様々な形で表現されますが、一番身近な愛は隣人愛です。隣人愛を聖書は次のように定義づけています。
隣人を自分のように愛しなさい。マタイ22章39節
相手の立場や考えを敬い、他の人を自分を愛するように愛するように命じられています。この隣人愛こそ、家族、友人、会社の同僚、電車で乗り合わせた人々、誰に対しても実践されるべきでしょう。この実践が、社会全体を健全にしていく原動力になっていきます。隣人愛の実践は、神の御心であり、人間の尊厳を守るために与えられています。では、日常生活における隣人愛の実践について考えてみましょう。
日常生活における隣人愛の実践
- 隣人愛の実践その1。人の自由意志を尊重します。趣向や趣味であれ、人はそれぞれ違います。違いを認める、人の自由意志を認めることこそ、隣人愛の最初の実践だと私は思います。
- 隣人愛の実践その2。人のニーズを知ろうとします。そのためには人の話をよく聞かなければなりません。ひと言でいえば、傾聴です。この傾聴は、特に近しい間柄では非常に有効な隣人愛の実践になります。
- 隣人愛の実践その3。人のベストを期待します。聖書が教える隣人愛は、まさに人の幸せが自分の幸せのように感じられるような愛です。
隣人愛がもたらすポジティブな影響
隣人愛を通して、個人が得られる祝福は、計り知れないポジティブな影響をその人に与えます。隣人を自分の愛すことにより、霊的に精神的に成長するのです。まず人間関係が良くなります。苦手だと思っていた人でも、隣人愛の実践によって苦手意識はなくなります。人間関係の改善は、精神的な余裕を与えます。
隣人愛の実践は、実践している本人だけを助けるわけではありません。「クリスチャンの成長は個人的なもの」と考えられがちですが、真理はその逆だと私は思います。隣人愛を実践する人も、隣人愛を受ける人も、両方が成長するようになります。隣人愛には、良い相乗効果があるのです。
箴言27・17「鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる」は、まさに隣人愛の関係を持っている人たちに当てはまることばです。「隣人愛を通してお互いが磨かれる関係を築いていく。」これが、神が定めたクリスチャンの成長の原則(他にも成長の原則はありますが)だと私は思います。
このような個人の成長が、社会全体にも影響を及ぼし大きな力に成りうると言えないでしょうか。クリスチャンの隣人愛は、人々の心を呼び起こし、神の愛に目覚めさせる原動力にもなります。私は実際、キリストの愛が人々の心に届くように日々祈っています。

隣人愛を実践するための障害とその克服方法
社会的な閉塞感は、日本の社会全体を覆っているかもしれません。犯罪の増加し続けています。犯罪事件が報道されない日はもはやありません。さらに政治の閉塞感があるでしょう。この閉塞感が隣人愛の実践に障害になっています。
さらに社会的、文化的背景から生じる課題があります。それは日本では、聖書が教える隣人愛「隣人を自分のように愛しなさい」が根付いていないことにあります。
しかし隣人愛の種は、一人一人のクリスチャンによってまかれています。先に挙げた隣人愛の実践的な3つの方法で、人々の心に変化が現れると私は信じています。小さな努力の積み重ねが、大きな実りになっていくでしょう。
