「神様は乗り越えられない試練は与えない。」人生の試練の中にあっても、神様への信頼感と確信と恵みを経験した人の証し。主なる神様への感謝が自然と生まれてくるエッセイ。
私の二人の息子
私には二人の息子がいます。1987年生まれの長男の将士(まさし)と1990年生まれの次男の允(まこと)です。
次男の病
允は1990年11月12日に大血管転位症という重い先天性の心臓病をもって生まれてきました。簡単に言えば、大動脈と肺動脈がクロスしないで平行についてしまい、汚れたままの血液がきれいにならないまま全身をめぐるため、そのままでは死んでしまう病気です。生後三日目に、心房中隔にバルーンカテーテルで穴をあけてガス交換ができるように手術を受けました。
保育器の中で全身で呼吸をし、体はチアノーゼのために真っ黒でした。退院できたのは、2か月後のことでした。4時間おきに1日に6回、ジゴキシンとい強心剤のシロップを飲ませます。
朝の8時、お昼の12時、夕方の4時、夜の8時、夜中の12時、明け方の4時・・・。10分遅れたら危険ですので、時間を守ってくださいと言われていましたので、夜中と明け方は目覚まし時計をかけて緊張しながら過ごしました。あるときは飲んだお薬をすぐに吐いてしまい、追加したらいいのか、してはいけないのかわからず、夜中に病院に電話をすることも出来ず、案じながら追加しないで様子を見ながら夜明けを待ってお医者様に聞いてみました。「すぐに吐いても、少しは飲めているので追加しないでください」と言われて、ホッとしました。
息子を看病する間
毎月一回の通院のほか熱が出たりちょっとした変化に神経を使ううちに、今、どんな季節を生きているのか分からなくなってきました。暑くなったので半袖の服を着て、寒くなったのでセーターを着る。ただただ、4時間ごとの投薬をしてという暮らしが続きました。周りには心臓病の子供がいなかったので孤独でしたが、病院にいる時は心臓病専門のお医者さんにかかっていたので、
みんな心臓病の子でほっと安心しました。待合室で、私があまりにも悲しそうに見えたからでしょうか、「お子さんは手術で来るのですね。良いですね。私の子は心筋症なので移植しか助からないんです。手術できることは幸せですよ。」と言われました。私よりももっともっとつらい症状の方がいることに気づかされました。
ある日のお風呂の時に
1歳のころのことです。普段はお風呂が好きな允ですが、その日は父親と一緒にお風呂に入りましたが入った時からずっと泣き止まず、バスタオルにくるんで受け取った後も大きな声で泣き続けていました。しばらく泣き続ける允を見つめていました。「この子は一生こうして泣いて暮らすのかな?注射はいやだ。
手術は怖い。と泣き続けるのかな?今ならば痛いとも怖いとも言わない」と自然に細い允の首に手をまわしていました。力を入れそうになった瞬間にはっきりと「なんて祈りましたか?」という声が聞こえました。弾かれたように手を放し、二人目不妊症の治療を受けていた時に「どんな赤ちゃんでもいいからお授けください」と繰り返し、繰り返し祈った祈りを直ぐに思い出しました。允は祈りが応えられて授かった子なのだ、と思うことができるようになりました。
神様の恵み
4時間おきの投薬、通院、半年に一度くらいお医者様に言われる「育たないと思って育てなさい。」という言葉や主人の母との同居、主人の叔母から言われる「木村家に障害のある子はいなかった」という言葉や状況は変わりませんでしたが、涙に暮れていた日々から抜け出すことができました。今でも、あの時の言葉と声をはっきりと思いだすことができます。
「苦しみにあったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」(詩編119編71節)
傍らにいつもいてくださる神様への信頼感はその後も大きな支えとなっています。(ひとみちゃんからの寄稿です。管理人の友人です。)
