コンテンツへスキップ 投稿日:2023年3月1日/更新日:2023年5月7日

無宗教信仰のキリスト教を提案

無宗教信仰のキリスト教

最近、宗教に関するニュースが多いです。宗教2世という言葉も聞きます。宗教の弊害があちこちで出て来ています。そこで、宗教にのめり込まない「無宗教信仰のキリスト教」を提案いたします。人間が作る宗教から離れて、純粋なキリストな教えという観点で捉える無宗教のキリスト教です。

無宗教のキリスト教は、人間のあるべき姿を教えている

その人間の本来の姿を、キリストは教えています。創造主なる神によって創造された人間が、どのように生きるべきかを、身をもってキリストは示しました。これはライフ・スタイルです。

無宗教信仰のキリスト教

ライフ・スタイルは、既存の宗教に縛られたりしません。創造主なる神に、日々感謝して生きていく健全な生き方です。神に愛されていると感じますから、神との関係を大事にして神を慕い求めるのです。神の愛は、隣人愛の実践につながります。隣人も自分と同じように、神に愛されています。ゆえに、キリストは、「隣人を自分のように愛しなさい」と命令しているのです。

「命は創造主なる神の大切なプレゼントである」と自覚していますから、大切にその命を生きていきます。誰にも束縛されることはありません。自分をより大きく見せる虚栄心も必要ありません。創造主なる神によって創造されたありのままの自分、つまり自然体で生きていけるのです。これが本来のクリスチャンの姿です。

無宗教でキリストを信頼する

キ リストを信頼している人は、隣人の自由も信条も敬います。他の人の信条を否定しません。なぜなら隣人を自分のように愛しなさいと、教えられているからです。

逆に、宗教にハマり、のめり込んでいる人には、2つのタイプの人がいます。第一のタイプは、自分だけが正しいと考えています。自分の信条を他の人に押し付けます。盲目的に信じんている人です。

第二のタイプは、団体の中にいると安心できるタイプの人です。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と漫才の中で言われましたが、宗教にハマっている人の中には、「みんなが行くからついていく」方々がいます。

本当の本物のクリスチャンは、キリストだけが人生の師であり先生であると信じています。宗教団体によって、自分の信仰が決められるようなことはありません。「この牧師・先生が教えていることに間違いはない」などと盲目的に信じたりはしません。

宗教にはまらない自然体のクリスチャンは?

1.有名な牧師の言葉であっても、そのまま鵜呑みにはしない

宗教に興味がある人は、生真面目な人が多いです。聞いたことを素直に受け取ります。周囲の人たちが認める有名な牧師先生であれば、なおさらでしょう。疑いを持つのは以ての外と感じるかもしれません。

しかし、「ここでちょっと待てよ」と自分に言い聞かせてください。人間だから誰でも間違いはあります。思い込みや思い違いもあるかもしれません。聞いたことをそのまま鵜呑みにすることは、もっとも危険なことです。牧師の言葉の鵜呑みは、宗教にはまる第一歩です。

2.自分で聖書を読み考え祈る

常日頃、聖書を読む習慣をつけましょう。しかし、ただ読むだけでは十分ではありません。読んで考えて、「この聖句の意味を教えてください」と神に祈ってみましょう。その有名な牧師先生が言ったことが、本当かどうかここで吟味するのです。自分の信仰に責任をもつことは大切です。

3.すべての文化や宗教を尊重し、感謝の気持ちを忘れない

クリスチャンの価値観は、確かにこの世のものとは違います。だからといって、クリスチャンではない人たちの人格や宗教観を否定してはいけません。信仰は個人個人の自由です。他の人たちの信仰や文化も尊重すべきです。自然体のクリスチャンは排他的にはなりません。

イスラム教、仏教、ヒンズー教、無宗教、何を信じようと、すべての人間は神によって創造されたのです。神によって愛されています。だから、私も彼らを愛すと心に決めています。

4.神によって創造された自分と自然に感謝する

私たち人間は、自然と共に創造されて自然の協調して生きていくように造られました。ゆえに、神が創造してくれた自然に感謝することは大切なのです。

命は、創造主なる神から頂くギフトです。だからこそ大切に使わなければなりません。私たちは神によって生かされているのです。そのことに心から感謝しましょう。クリスチャンは、すべてそれぞれ置かれている立場で何か特別なミッションが与えられています。だから、今置かれている状況に感謝します。

目に見えない神を信じていると、逆に目に見えるものに、ついつい目線が行ってしまいます。教会堂や牧師に目が行ってしまいがちです。しかし、クリスチャンは、いつも主イエス・キリストを見上げて生きていくべきです。

結論

人が教える言葉ばかりに耳を傾けていると、神経がそこに集中してしまい宗教、カルト宗教にはまりやすいです。イエス・キリストだけが人生の先生です。同時に、他の人を敬うように心がけることも、非常に大切です。

聖書に基づく本来のキリスト教は、本来、自由な宗教です。キリストは誰をも縛り付けたりはしません。誰も縛り付けたり出来ないといった方が正しいかもしれません。人それぞれが、自分の信仰に対して責任をもつべきだと、キリストは教えているからです。

宗教ではないキリスト教を実践してみませんか。クリスチャンのライフ・スタイル、生き方は、魅力的な前向きな生き方です。試してみる価値あります。トライしましょう。