テモテへの手紙第一5章の解説

立川キリストの教会の福嶋正剛伝道者の投稿です。テモテへの手紙第一5章をわかりやすく解説しています。

教える者の態度について 5:1~2

パウロは、テモテに「聖書の朗読と勧めと教え」に専念するように命じました(4:13)。5章では、どのような態度で教えるべきかが示されています。テモテは、若いからということで軽く見られてはいけないとも注意されています。しかし、威張る必要もありません。この教えには、当時の社会では、年配者が敬われ、若者は軽んじられる傾向があったことを物語っています。

テモテは、その文化に従って、年配者を敬うだけでなく、自分よりも若い人々をも兄弟として敬うように命じられています。私たちは文化の正しいところをには喜んで従い、聖書がその誤りを指摘するところは、世の光として正しい手本を示すべきです。

テモテは、若い女性に対して、きよい心を保つように注意されています。今日の日本では、「浮気」、「不倫」、「ナンパ」という言葉が非常に軽々しく使われています。私たちは、この世の流行に流されることなく、この世の流れを変えるような清い生き方をしたいものです。これは、神から今日の若者たちへの大きなチャレンジです。パウロはここで、教会における人間関係の土台を示しています。それは、主にあるお互いに対する尊敬です。

やもめに対する援助に関して 5:3~16

エペソの教会には、特別な扱いを受けるべき人々がいました。それは、身寄りのないやもめたちです。聖書を通して、神は常にやもめたちと孤児たちを特別な配慮を示しておられます。神は、教会にも「本当のやもめ」の世話をする責任をお与えになっています。しかし、先ず、やもめの子供たちや孫たちに、自分の家族を顧みるように教えています。

教会が援助する「本当のやもめ」は、敬虔なクリスチャンでなければなりません。具体的には、60歳以上で、良き妻、また母として家庭を守り、また他の人々を助け、長年続けてきた善行によって教会に認められていなければなりませんでした。パウロは、勝手気ままな、自堕落な生活をしているやもめは、「本当のやもめ」ではなく、「生きてはいても死んだ」やもめであるときびしく注意しています。

やもめとして名簿に載せるということは、経済的な支援を約束するだけでなく、教会の特別な奉仕者として登録することのようです。また登録する前には、何らかの誓約があったようです。若いやもめは、その初めの誓いを捨てて、結婚したがるという注意は、やもめが、自分の残された人生を主の奉仕者として独身で通すという誓約があったことを物語っています。若いやもめたちは、教会に対して奉仕するどころか、教会の働きの妨げとなる危険があるということが注意されています。

パウロは、若いやもめが再婚して、家庭を守ることに専念することを勧めています。それは反対者に、教会をそしる機会を与えないためです。反対者とは、エペソでは、まだ小人数であった教会をきびしい批判の目で監視し、適当な口実があれば、社会的な制裁を加えるという人々のことでしょうか。サタンは、弱い立場にあるやもめをつまずかせ、それによって教会の働きを妨げようとしたようです。そうであるなら、クリスチャンホームの祝福、クリスチャンの清い交わりの祝福は、教会の良い看板になったということです。

婦人に自分の身内のやもめの世話をすることを勧めているのは、異性間の不品行の問題を避けるためのものであり、またそれは、教会に必要以上の経済的負担を掛けないようにするためでもありました。そうすることによって教会は、本当のやもめを助けることができるからです。主に付き従っていた弟子たちの中には、裕福な女性たちもいたようですし(ルカ8:3)、使徒の働きでも、ルデヤの活躍が記録されています(使徒16章)。

長老たちの待遇について

エペソの教会が抱えていた大きな問題は、偽教師たち、あるいは偽指導者たちでした。パウロはここで再び長老に関する問題を扱っています。教会は、本当のやもめだけではなく「本当の」指導者をも経済的に支えるべきです。パウロは、教会をよく指導している長老、とくに御言葉と教えのために奉仕している長老が二重の尊敬を受けるべきである教えています。「二重とは」尊敬の心と経済的な報酬を指しているようです。

長老は、リーダーとして批判を受けやすい立場にあります。パウロはテモテに、長老に関する訴えは、確かな証拠がない場合は受けてはいけないと命じています。しかし、指導者という立場にある人の罪は、きびしく扱われるべきであるとも教えています(ヤコブ3:1)。テモテは、長老との関わりにおいて、公正な扱いをするように神の御前できびしく命じられています。力は人を腐敗させる傾向があります。

人間の組織においては、人は利害関係や力関係によって動きます。パウロは、テモテに神との関係を考えて行動をとるように教えています。「軽々しく按手をしてはいけない」とは、新しい長老を選ぶときには慎重にやりなさいということのようです。若いテモテにとって、長老をさばいたり、任命したりする仕事は、大変な負担であったはずです。元々体が強くなかったテモテの精神的な負担を案じて、パウロは薬用にぶどう酒を使うようにテモテに勧めています。パウロは、すべての背後に神がおられ、神がすべてを明らかにして下さることを再確認しています。

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