人間

命の大切さ、命は誰のものか、どう生きるか。聖書から考える

私たちの命はどれほど大切なのでしょうか。また命は誰のものでしょうか。またこの命を、どう生きるべきかでしょうか。これらの疑問に答えるために、聖書が教える命の意味、つまり血肉の命と霊的な命の意味を考えてみましょう。

命は誰のものか

「子供が授かる」という表現があるように、人間は神を信じていなくても、命は神からの贈り物であるとわかっているのです。ところがその事実を人間は忘れてしまいます。忘れてしまうから、命を粗末に扱います。

本来、大切な人からプレゼントをもらったら、それを大切に使います。もらった物は確かに自分のものです。どう使おうとその人の自由です。しかし、プレゼントしてくれた人のことを思えば、大切にしようと思いませんか。しかし、人間は、神から離れた存在になってしまったので、神が与えた愛と命の大切さを知らずに生きているのです。

命の大切とは? 

命の大切さ

毎年多くの自然災害が起こります。また多くの痛ましい事件、耳を疑うよう様な事件も起きます。多くの方々が、様々な理由で命をなくされます。その度に命の大切が叫ばれます。

1977年に日本赤軍によるハイジャックがあったとき、当時の福田赳夫総理は「人間の命は地球よりも重い」と言って、政府は過激派の犯罪人を釈放しました。人間が命の大切を訴えても、血肉の命しか考えていませんが、人間の命には血肉の命だけではありません。

私たちの命は、創造主なる神の贈り物です。しかし、この命には2つの側面があります。血肉の命と霊的な命です。創造なる神は、私たち人間を霊なる存在として創造されました。つまり、創造主なる神とつながっている命として創られたのです。本来、人間は神とつながるように造られましたが、その霊的な命の存在を忘れてしまいました。

どう生きるべきか

どう生きるべきかという質問は、血肉の命を霊的にどのように生きるべきかを問いかけています。医学的にいえば、心臓が動いているのが命の証拠であり、心臓が止まれば死の証拠です。人間はこの命を自分のものだと思い込んで、自分が思うがままに生きようとします。神とつながっている霊的な命を放棄しているのです。

心臓が動き脳波があることが、命が生きている証拠ではありません。呼吸はしていても心臓は動いていても、この世には霊的な命が死んでいる人が大勢いないですか。主イエス・キリストは、この肉体的な命をどう生きるべきかを教えているのです。

人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。(マタイ10章26節-31節)

キリストは、人間を恐れるのではなく、人間の魂も体も滅ぼすことができる神を恐れなさいと教えています。確かに神は、人をその罪ゆえに裁くことができる方です。人の命を滅ぼすことができる方です。この意味では、人の肉体的な命は私たちが考えているほど重くはないかもしれません。

むしろ、その血肉の命を神のために使ってこそ、生きてくるのでないでしょうか。神を恐れ敬って生きていく――これこそが神によって創造された人間の本分であり、人間の命の価値です。

血肉の命は、神の栄光を現す道具

肉体的な命を道具に例えてみましょう。道具を正しく使って、初めてその道具の価値が出てくるのではないでしょうか。包丁は、肉や野菜を切るために造られています。人を殺すために造られてはいません。しかし道具は悪用されることがあります。本来の目的以外のために使われてしまうのです。

人間の命も同じです。いくら命を大切さを叫んでも、その命の目的を知らずして自分勝手に生きていたら何のための命でしょうか。人間は神が創造された命の目的を知って初めて、命の大切さを知ることができるのです。

命には血肉の命と霊的な命の2種類あるといいましたが、実は3種類の命があるのです。

  • 血肉の命:この地上で生きている間、与えられている肉体的な命です。
  • 霊的な命:創造主なる神につながっている命です。
  • 永遠の命:この地上での命が終わり天に召された後に、与えられる命です。

主イエス・キリストを信じる者は、神によって罪が赦され、神の祝福に感謝した人生を送ることができます。これだけがクリスチャンの喜びではありません。主イエス・キリストを信じる者には、永遠の希望があります。死んでも生きるという永遠の命の希望があります。すばらしい恵みです。

結論 創造主なる神が与えれている命の意味を知りましょう

命の大切は理解していただけたでしょうか。命は、神が与えている私たち人間への贈り物です。この贈り物をどうしようと、私たちの自由です。しかし、この自由を悪用してはいけません。神が人間に与えて下さっている目的に従って、生きるべきではないでしょうか。

この世では悪がまかり通り、人間の命が粗末に扱われています。この邪悪な世の中では、人間の罪が世界中に悪影響を与えて、血肉の命だけでなく、霊的な命を殺しているのです。世界を見回してみましょう。どれだけの悪がまかり通っているでしょうか。その理由は、人間たちが創造主なる神を忘れているからです。命の目的を忘れて、自分本位に命を生きているからなのです。

主イエス・キリストの教えに耳を傾けてみましょう。人間のすべての疑問の答えは、主イエス・キリストにあります。いかがでしたか。命の大切さをご一緒に考えてみました。参考にしていただければ幸いです。

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